【胸にたゆたう】
□第二話
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十になる前。
死にかけの母親から、俺はあの大怪盗グリードの孫であると聞かされた。
大怪盗グリード。
言わずと知れた、鮮やかな手口で狙った獲物は必ず盗んできた怪盗紳士とかいう野郎だ。
母親は、その血筋を支えに生きてきたらしい。
この血筋に縋れば道が開けるという幻想を信じ、そして俺にグリードの名を与えた。
不服だが、名は体を表すという言葉の通りに俺は正しく強欲(グリード)な人格を宿している。
だからといって当然の如く突然遺産が降って湧き、この貧乏暮らしが楽になったりする訳もなく。
困窮した生活はそのまま続き、間もなく母親は死んで行った。
そんな状況下では血筋なんぞ腹の足しにも成りゃしねぇモンに価値なんぞ感じる事もなく、だがその血筋が背負う運命から逃れる術もなかった俺はやがて、日々の生活に困った事を切欠に盗賊としての道を歩み始めた。
まぁ結果として、総てが欲しいと願う俺にはお似合いの商売だった訳だが、どうにも神様のクソ野郎の思い通りに進んでいる気がして、気に食わねぇとは思っていた。
いつの頃からか。
正確な時期は覚えちゃあいないが、俺には常に底知れぬ飢餓感が纏わりついていた。
その飢餓感が盗賊としての原動力である事は確かだったが、辟易する感覚なのも間違いでは無く。
何が足りて居ないのかと食欲物欲性欲と、片っ端から手を出しちゃみるが、終わった後に余計虚しくなるだけでどれもこれもピンとこなかった。
煩わしい感覚に振り回される苛立ちが徐々に積もり、焦燥感が俺をせき立てる。
そんな中、あるチームと出会って俺の人生は少し軌道修正された。
チームのリーダーの男は俺よりは幾分か若く、そしてその顔は気味の悪い程俺によく似ていた。
その男が俺が浮かべた事の無いようなにこやかな笑みを作り、口を開く。
「始めましてグリード兄さン。俺はアンタの弟のリンという。いわゆる腹違いの、というヤツだけどネ」
どうやら伝説の紳士と名高い大怪盗の息子は、父親に似ず奔放だったらしい。
ま、その遺伝子を受け継いだ俺がこうなっているのだから、さもありなんと言った所だろう。
リンは俺に、仲間にならないかと持ち掛けて来た。
冗談じゃない。
俺は総てが欲しいと望む男だが、誰かの指示が欲しい訳じゃない。
その事からいざこざに発展し、力でねじ伏せて俺がトップである事を認めさせる事には多少時間を取られたが、リン達の腕は確かで、それからの仕事が簡単過ぎる位にスムーズになったのは嬉しい限りだった。
一つ、二つとこなす内に徐々に仕事の規模はデカくなり、いつの頃からか大佐なんて仰々しい渾名で呼ばれる男にしつこく付け回されるようになり、リン達とは笑い合うようにさえなっていた。
そして気付く。
いつの間にか、あの飢餓感が綺麗サッパリ消えている事に。
仕事を終え、獲物を積んだ逃走用の車内に溢れる笑い声とじゃれ合う会話に胸が熱くなり、何かが込み上げる。
あぁ…そうだな。
いつだって欲しいモンは一つだった。今の今まで忘れてただけだ。
俺は、もう、コイツらと馬鹿やってられりゃあそれで充分なのかも知れねぇと、半ば本気でそう思いすらした。
まぁ、ぜってー死んでもコイツらにゃあ言わねぇけどなぁ。
それに世界にはまだまだ良い女と旨い酒が転がってんだ、コイツら如きで満足してちゃあ酒と女に失礼ってもんだぜ。
───やがて幾つもの季節を越えて、始まりの布石が投下される。
「…あぁ?おいおい…俺は出した覚えはねぇんだがなぁ」
「グリード?どうかしたカ?」
「ん。これ見ろ」
「新聞?」
無造作にリンに新聞を押し付け、コーヒーを煎れに立ち上がる。
「どうやら俺達と遊びたがってる馬鹿がいるらしい」
「みたい、だナ」
ニヤリ、とリンが笑う。
【一年半年ぶりにグリード三世からの予告状!!狙いは政治家の隠し財産か!?】
という見出しの記事に素早く目を通すリン横目に、コーヒーに口を付ける。
既に頭では、その無粋な方法で呼び出した馬鹿にどうやって灸を据えるか、算段を巡らせていた。
「どうすル?」
「勿論全力で叩き潰すに決まってるだろうが。どんな些細な事にも手を抜かねぇのが、プロってモンだぜ」
「了解。ランファン達にも伝えておくヨ。害虫駆除はキッチリやらないとネ!」
骨のある奴だと良いんだが。
じゃねぇと潰しがいがねぇからなぁ。
「さぁて、パーティーに行く準備でもするか」
ゴキリ、と首を鳴らして気合いを入れる。
その時微かに感じた、面白い事が始まりそうな気配に、俺は笑みを深めた。
そうして、俺達は出逢う。