【胸にたゆたう】

□第三話
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 真っ黒な衣装を身にまとい、屋根の上を音も無く走り抜ける。

 予告されていた金庫のある部屋を外から窺うと、案の定大佐の奴が網を張っていて、オモテナシの準備は万全なようだった。
 中に侵入し、金庫を開け、金庫の中で箱入り娘ならぬ箱入りオッサン状態で待ち構えていた大佐と、ごたーいめーん。
 一応、この予告状は出した覚えが無い事を告げてみるが、大佐は目の前の俺を捕まえるのにご執心なようで…。

 まあ、それも計算の内だが。

 こうやってわざと姿を見せた後に逃走を図り、その後もぬけの殻となって盗みに入り易くなった金庫をリンが見張って、ニセの予告状を出したアホ野郎を炙り出すって算段だ。

 が。
 これは何だ?

 大きなガラス壁越しに、下のパーティー会場が黒服の集団に襲撃されている様を見下ろす。
 ブレーカーが落とされて暗く、投下された煙幕が広がっている会場は、正に阿鼻叫喚の図といった所だろう。

 オイオイ、まさかこの罪を俺に擦り付けるのが目的とか、そんな下らない事はいわねーよな?

 誰かが撃った弾が偶然シャンデリアを吊す鎖を撃ち抜き、シャンデリアが落下する。
 その音に釣られたのか、落下するシャンデリアの向こうで、煙幕が広がっている中でも目に付きやすい派手な金髪の襲撃者が、こちらを振り返って見上げた。

 髪だけでなく、瞳までも見事な金だった。
 砕け散ったシャンデリアの破片の光が、キラキラと瞳の中で踊っている。

 珍しい瞳の色だな…。
 それに、襲撃者の癖に、瞳が濁ってねえ。

 ───おっと、こんな事してる場合じゃねーな。
 さっさとズラかるとしよう。

 「あっ!?グリード!!」

 走り出すと同時に、背後で大佐の間抜けな声が聞こえる。

 「五人!裏へ回れ!残りは下の連中だ!」
「ハッ!」

 大佐がこちらを追い駆けてくる気配を背中で感じながら、裏口を目指しひた走る。
 途中で、ショートカットの為に二階の窓から中庭に飛び降りると、先回りしていた大佐に銃口を向けられながら呼び止められた。
 大佐の奴、今日は冴えてるなぁ。
 なんかあるんじゃねーの?

 「…なあ、なんっか臭わねーか?ニセの予告状といい、殺し屋集団といい、大佐が冴えてる事といい」
「黙りたまえっっ…お前の逮捕が先だ、グリード」

 背後で大佐が手錠に手を掛ける音がした。
 続いて、劇鉄を起こす音。

 …劇鉄を起こす音…?

 嫌な予感がした。
 視線を巡らせるが、視界にはそれらしい姿は見えない。
 間を開けず、鳴り響いた一発の銃声。
 しかし、俺の体に衝撃は来ない。

 ───っ!撃たれたのは大佐かっ!?

 大佐の呻き声。
 振り返ると、大佐の体が傾く様が見え、手錠、それから空薬莢が落ちる音が響く。

 くそっ、一体どうなってやがる!!

 大佐の立位置、銃創が胸部にあるという点、銃声がした大体の方角からして、狙撃位置は俺が出て来た二階の窓か?!
 懐から獲物を取り出しながら、そちらに振り向き様に銃口を向ける。

 …おい、ふざけるなよ…。

 俺が出て来た二階の窓、レースのカーテンがたなびくその向こうに、冷たく白い光を反射させた見覚えのある銃身と、それを支える手の甲に、ウロボロスの刺青が入っているのが見えた。

 あの銃は…。
 まさか、アイツは…。

 それは、かつて最初に手を組んだ時に裏切った奴が奪っていった、シルバーメタリックの…ワルサーP38。

 違う、と思った。
 しかし本能が確かにアイツだと訴える。
 体が驚愕で固まって動かない。

 俺は数秒、呆然とその銃身がカーテンの向こうへ消えてゆくのを、ただ見上げるしかなかった───…。




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