【胸にたゆたう】

□第四話
1ページ/1ページ




 海の潮の臭いが混じった濃い霧が繊維の隅々まで染みて、安物のジャケットはすっかり重くなっていた。
 物資を積んだ小型船は、視界は悪いが凪いだ海を静かに進む。

 小太りの男は慣れた手付きで船を進ませ、髭面の男は船の甲板に出てボンヤリと霧を眺めていた。

 リンは益々怪しいと不信感を募らせながら、グリードに再度問うた。

 「本当にこの先に島があるのカ?」

 グリードは浅く頷き返し、あぁと低く唸って返答した。

 「世界最大の暗殺組織ホムンクルス、その実態は謎に包まれた影の殺し屋集団…世界を揺るがす要人暗殺には必ず奴らが居て、歴史を影から操ってきたとかなんとかってぇ御大層な連中が居る島がな」

 グリードは興味の無さを隠そうともせずに続けて言った。
 こういったガチガチにルールやらしがらみやらに縛られた組織には、大抵面白みが無いというのが彼の感想だった。

 「判っている事ハ?」
「僅かだ。かつて捕らえられた例はあるがマスクを外された途端、謎の死を遂げたんだとよ。証拠になるモンも一切無し。唯一残ったのが───」
「例の刺青カ…」

 大佐が撃たれた夜の事を思い出していた。
 襲撃者達を追い掛け、ハイウェイでのカーチェイスを繰り広げた際に、目に付いたソイツらの姿を思い浮かべる。
 黒を基調とした衣装に、口元にはゴツいガスマスクと右手にはウロボロスの刺青。揃いも揃って同じ格好で、気色が悪いったらありゃしねぇ。ショッカーじゃあねんだからよ。

 「しかし、ちょーっと面倒臭すぎないカ?この入り方。泳いで密入島しちゃえば良いじゃないカ」

 リンの愚痴にグリードは顎をしゃくってある場所を指し示し、リンの視線を誘導した。

「コレ見てろ」

 グリードが示す小太りの男の手元には、よくマグロ漁船なんかに積まれている魚影探知機のような見た目のナビが設置されていた。
 その液晶の下部にこの船を表す記号があり、それを中心に液晶上部、つまりこの船の前方を意味する位置に放射線状に9つの点線が等間隔に伸びている。

 びー、びー、とリンが注視し始めたタイミングでナビが安っぽい警告音を発し、その9つの点線から一つが選択され、赤く点滅した。
 小太りの男は、その赤く点滅した点線をなぞるようにして舵を切った。

 「ランダムナビゲーションだと」

 グリードはリンに樽を一つ海に落とすよう指示し、ナビについての説明を続けた。

 「コイツはこの船だけに送られてくる。この赤く点滅した航路以外を通ると…」

 グリードが言いよどんだ瞬間、背後で先程落とした樽が爆ぜ、巨大な水しぶきが立ち上る。
 リンはその直前に上空から赤い一筋の光が、樽に向かって走るのを目撃していた。

 「静止衛星レーザー、カ?」
「あぁ。ここらに入り込んだジェット機なんかが忽然と消えるカラクリが、これだ」
「魔のトライアングル海域とは良く言ったものだナ」
  
 やがて船は警戒区域を抜けた。静止衛星レーザーは作動しない区域である。
 
 「あれだ」

 グリードが指し示す先には、至る所からガスのような物が吹き出している、いかにもといった風情の島があった。
 船はスピードを緩め、入り組んだ湾の中へと入り、岸へと寄って行く。

 「地図にも載って無い島…今時そんなモノが本当にあるのカ?」
「まだ解らねぇのか?公認されてんだよ、この暗殺組織は。世界各国のお偉いさん方にな」
「成る程ネ」




 少しして船は人工的に崖をくり抜いて出来た船着き場に入り、岸に寄せ付けると同時に、バリエーションに富んだ武器を身に付けた屈強な男共が乗り込んだ。
 男共は手際良く次々と積まれた物資を下ろしていく。
 小太りの男と髭面の男もそれに習い、非力故か二人は一人で運ぶ木箱一つを二人で持ち上げて、そそくさと運び出した。

 「…オイ」

 突然、一人の男がフルオートのM93Rを構えて声を上げた。
 何事かと、ピリ、と空気が張り詰める。
 男は銃口を一つの木箱に向けたまま、周りの仲間達に目を走らせ囁いた。

 「呻き声がする」

 男が示した木箱からは確かに、男性のモノと思われるくぐもった声が響いてきている。

 「オイ、誰かバール持って来い。この島にノコノコ乗り込んで来た間抜け野郎を、ミンチにするぞ」

 ニタニタと下卑た笑いを浮かべながら木箱の周りを男共が取り囲み、その分だけの数の銃口が木箱に向けられた。もはやネズミ一匹逃げ出す隙間も無い。

 間を開けずバールを持ってきた男が到着し、支点力点作用点…まぁ、つまりは梃子の原理を利用して木箱の蓋がこじ開けられる。
 と同時に男共はサッと一斉に、来るであろう攻撃に備えて構えた。
 そして。

 「…っふっざけやがって!!」

 一瞬の忘我の後、男共の間に怒気が走る。

 木箱には、身包みを剥がされ猿轡を噛まされ、手足を縛られた、小太りの男と髭面の男が居た。小型船の船員であった。
 では先程船に乗って来たあの二人の船員は───!?



 「───さあ、行くか」 

 騒ぎ始めた暗殺組織のアジトを眼下に、リンとグリードは小太りの男と髭面の男の変装を解いて、森の中へと姿を眩ませた。
 虎の巣穴には入った。
 さて、虎の仔は得られるのやら…。




[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ