【胸にたゆたう】
□第六話
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大木の根元でパチパチと、小さくはぜる焚き火の炎がグリードの横顔を照らしていた。
その煙は緩やかに濁った夜空へ立ち上り続けては、静かに夜気に溶けている。
「なァ、グリード」
リンは、焚き火の明かりを頼りにワルサーの手入れをしているグリードに声を掛けた。
「なんだ」
「俺の知ってる限りじゃあ、お前のワルサーはそれ一丁だと思ってたんだガ…何か曰わくでも付いてるのカ?」
リンの問いに、直ぐに返って来ると思っていた答えは返って来ず、おや、と意外に感じて森に向けていた視線を焚き火越しにグリードにやると、グリードは手入れの終わったワルサーをじっと眺めていた。
「…駆け出しのチンピラだった頃、シルバーメタリックのワルサーを使ってたんだよ」
「というト、俺達が仲間になる前って事だナ…?」
「さて。もう寝ちまおうぜ」
薄く笑いながらあからさまに話をはぐらかしたグリードは、ホルスターにワルサーを仕舞い、バケツに汲んであった水で焚き火を消火し、後はもう、先程の話などなかったかの様に振る舞う。
「まったク…」
その様子に呆れながらも、確かにオネンネの時間だと思考を切り替えて、寝る準備に取り掛かる。
グリードは木の根元に寄りかかる様にしてしゃがみこみ、リンは横たわってそれぞれ休息へと入った。
さて、後は“潮時”を待つだけである。
草木も寝静まる頃。
その大木の上で、エンヴィーは今すぐにでもヤツらを殺してしまいたい衝動を抑えていた。
忌々しいネズミ共め。お父様の金に手を出そうなんて、赦されるもんか!
久々の侵入者達に殺意を抱きながら睨み付け、ウロボロスの刺青の入った手でサバイバルナイフの柄をギリギリと握り締める。
わざとらしく火を焚いて煙でボクらに居場所まで知らせたんだ、さぞかしお強いんだろうねぇ?そのご自慢の鼻っ柱へし折って、後悔させてやるっ!
仲間が完全にヤツらを包囲するのを待った後、エンヴィーは単身でグリードとリンに先制攻撃を仕掛けた。
十本のナイフがほぼ同時に二人に襲いかかる。防ぎにくい真上からの同時攻撃を可能とするエンヴィー腕は、ウロボロス1の技量を誇るものだ。
ナイフは、空気を切り裂きながら少しも狙いを外される事無くそれぞれの急所へとたどり着く。
「ハハッ…口ほどにも無いねぇ!」
ナイフを追うように枝から降りたエンヴィーは、自分の狙いが外れていなかった事を間近で確認し、その余りの呆気なさに拍子抜けした。そして気付く。
しかし…簡単過ぎやしないか?
血の臭いもしない。
…まさか。
ナイフの刺さっているそれを勢い良く蹴りつけて倒すと、想像通りに寝姿に模されたシーツの中から石やら葉っぱやらが転がり出てきた。
───くそったれ、フェイクだ!!
「派手な歓迎だなぁ、オイ」
「っ!!」
振り向きざまに声がした方角へナイフを投擲する。
が、あっさりと相手の操る東洋独特の形状をした剣によって弾かれてしまった。
弾かれたナイフが刃こぼれしているのがチラと見えて、苛々が募る。
まるで技量が違うのだと言われたかのよう。
そうして、木の影から二人組みの男が出てきて、エンヴィーは初めて侵入者の顔を認識した。
「あんたはっ…こそ泥のグリード…!」
「ハッ!こそ泥ねぇ…。ならテメェらは鎖に繋がれた殺しの飼い犬ってとこかぁ?」
「何だと…」
「まぁまァ、オニイサン落ち着いてヨ。ちょっと訊きたい事があってネ。偽の予告状を出したりして俺達を呼び出した理由を、ちゃっちゃと吐いてくれないかナ?」
「予告状?何の事?あんたらこそごちゃごちゃ言ってないで、お父様の金目当てだってはっきり言ったらどう?」
グリードとリンはその予想していなかった反応に、小声でやり取りを交わした。
二人を囲む森の奥でお待ちかねの団体様が発する殺気が、濃くなっていく。
「だとサ」
「あぁ…こりゃ思ったより根が深そうだな───っと!!!」
張り詰めた空気が限界に達するのと同時にマシンガンが咆哮を上げる。そのほぼ全方位から断続的に響き渡る発砲音と大量の薬莢が落ちる音は、もはや音として脳が処理仕切れない程に煩い爆音と化している。
示し合わせたように別々の方角に横っ飛びに交わして森の中へ入り、グリードとリンはバラけて逃走を謀った。
視界の端で、リンが敵を切り刻んで行く様を捉えながら、グリードは木々の間を縫う様にして駆け抜ける。
予め集合地点は決めてあるからバラけても問題は無いが、さすがにこの人数相手だ。そうそう上手くは行かねぇだろーな。
「っと!邪魔クセーなぁ!!次々と涌いて出てくんじゃねぇよ!!」
すり抜け様に障害物達に銃弾を浴びせ、相手の肩を踏み台替わりに跳躍して迫り来る刃を交わし、更に奥へ奥へとひた走る。
何度も同じ様なやり取りを繰り返して場が混乱を極めた所で闇に乗じ、グリードは静かに喧騒から遠ざかった。
微かな水の臭いを辿り、滝壺を見下ろす小さな崖まで来れば集合地点まで後一歩、という所である。
木々の間から抜け出し、周囲を警戒しながら崖を降りて斜面の下まで到達すると、それを待って居たかのようにそいつはスルリと現れた。
暗く沈んだ森で、そいつの姿は目を惹いた。
金の髪に、金の瞳、白人種特有の真白い肌。
森の暗緑色と相対して明るいその色彩は、まるでそいつ自体が光を発しているかに見えた。
脳裏に浮かんだ、落下するシャンデリアの向こうに佇んでいた襲撃者の姿と重なる。
「あん時の小僧か…」
「っ!だぁれが豆粒ドチビかクソ野郎!!」
「いやいや、言ってねーし」
「問答無用!先手必勝だコルァー!!」
「えぇー…」
何とも騒がしい暗殺者だなぁ。どうにも気が抜けるし、なんっか憎めねぇっつーか調子狂っちまうな、ったく。
そんな事を考えながら金髪の攻撃に備えて腰を落とし、構えた。
「っらぁ!!」
速い。
右、左、フェイントかけて脚払い。
小さい体を生かした(笑)軽いがスピードのある連撃を紙一重で交わしながら、思った事の一部を吐露してみる。
「暗殺稼業に身をやつしてる割に目が濁っちゃいねーとは珍しいな。そんな奴とは出来ればやり合いたくねーんだがなぁ」
「ハァ!?何言ってんだアンタ!」
「いやー、そろそろ体力がなぁ。ヤベーんだよなぁ。話し合いで解決してぇなと」
「っそういう事かよ…誰が騙されるか!」
「騙すつもりはねぇんだが、よっ!」
金髪からではない別の殺気を感じ、反射的に背後へ跳び退こうとした瞬間に金髪と俺の間に何かが投擲され、それを認識するのと同時に閃光と爆音が弾けて響き渡る。
「っく………っっ!!」
強烈な熱風と共に体が衝撃で後方にふっ飛ばされ、木々に突っ込んで行く。
バキバキと枝葉が折れる音が背中から伝わってきた。
あ゛ぁー地味に痛ぇじゃねぇか、クソが。
「───大丈夫ですか、エドワードさん?」
俺と同じ様に爆発で弾かれた金髪──エドワードというらしい──の側に跳び降りてきた、黒の長髪を一本に束ねた男がにこやかに訊ねる。
いけ好かない顔だ。
「ばっ…!!ふざけんじゃねーキンブリー!オレも死ぬとこだっつーのっ!」
「おや、あの程度で死にそうになるとは…。これは失敬。もう少しエドワードさんの実力を下方修正しなければいけませんかね」
「あ゛ぁ!?下方修正なんざ必要ねーだろ!ピンピンしとるわ!」
「では問題ありませんね!」
「………コノヤロッ…」
ピピッ!ピピッ───!
突如短いアラームが鳴り、漫才を披露していた暗殺者二名が同時に、それぞれの腕につけられた受信機を見やった。
「退却、ですね」
「…グリードって奴は死んだか?」
「いえ、恐らく生きてるでしょう。アナタ同様、あの程度で死ぬ玉ではありませんから」
「そっか。ま、さっさと退却しようぜ」
「えぇ」
そうして、暗殺者達が居なくなった森が静かになった。
頃合いを見計らい、グリードが木の上から飛び下りる。
「何だかよく分からねぇがチャンスだ。こっちもさっさと荷物回収して、フーじいさんと合流しねぇとな…」
やがて、グリードも森の闇の中に消えて、辺りは束の間、静寂に包まれた。