【胸にたゆたう】

□第七話
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 侵入者を始末出来ないままに呼び戻された暗殺者達の幹部は、彼等を纏める「お父様」と呼ばれている男の元へ馳せ参じていた。

 お父様に心酔しているエンヴィーが、彼を失望させまいと口を開いてチャンスを請う。

 「もう一度に僕に任せてよ、お父様。次こそ確実に殺すからさぁ」
「いいや、生け捕りにしろ」

 エンヴィーの思いを汲むこともせず、彼は今まで一度たりとも出した事のない命令を下す。
 それに面食らう暗殺者達の中で、キンブリーだけは愉快そうに言葉を洩らした。

 「おや、生け捕りとは…珍しい事をおっしゃいますねぇ」
「あんな奴ら生かしといてどうするのさ!」
「二度は言わん。行け」

 暗殺者達の動揺と困惑をその言葉でぶった斬り、強制的にその場はお開きとなる。暗殺者達は口を閉じて右手を左肩に当てて、各々頭を下げて散開した。

 そうして誰も居なくなった室内で、彼は久々に口元にうっすらと笑みを浮かべた。

 誘き出した鼠は、上手い事餌に食いついたらしい。
 ならば後は首輪を付けて飼い殺すだけだ…。その鼠を上手く利用出来ればいよいよ、この陰気臭い穴蔵から抜け出す事が出来る。
 またとない潮時だ。

 さぁ、我が子等よ、鼠を逃がすでないぞ。
 まぁ尤も、逃げずにコチラに来るだろうと確信してはいるがな。





 「生け捕り…!?」
「ミナゴロシの間違いじゃないのかぁ?」
「生きてりゃ良いのさ、ズタズタでもなぁ」

 今までに無い命令を聞かされ好き勝手にざわめく暗殺者共に、エンヴィーが指示を飛ばす。
 どうせ制御出来る連中じゃない。それにあの気に食わないコソ泥を、死なない程度に痛めつけたいと自分もそう思っているのだから、注意するのも馬鹿らしい。

 「相手はあのコソ泥のグリード。狩りを楽しむには絶好の相手だ…行きなっ!」

 暗殺者共が居なくなると、エンヴィーは苛立ちを隠し切れなくなり、欠けたナイフを見て舌打ちを飛ばす。
 苛立ちを乗せてナイフを放ち、壁に止まるヤモリに当てて悪戯にその命を奪うと、荒々しい足取りで替わりのナイフを取りに自室へと向かって行った。



 薄暗い室内。
 月明かりも射し込まぬその室内で、口にペンライトを咥えた東洋風の少女が、アチコチ覗いては何かを探しているようだ。
 一通り探し終わろうかというその時、少女がハッと気付く。
 そして。



 「───っ!?」

 部屋へ戻って来たエンヴィーは、ドアに手をかけようとして何かに気付き、勢いよくドアを開け放った。

 「………………」

 が、しかし中には誰もおらず、それでも油断無く室内に視線を走らせる。

 「オイ、長髪」
「っ!?………あんた…」
「注文してたナイフ一式、届いてたゾ」

 後ろから気配もなく声を掛けて来たのは、東洋風の少女だった。ナイフが入っているらしい箱を片手で差し出している。
 あからさまに怪しい少女──名をランファンという──をエンヴィーが睨み付けた。

 「なんダ?お前が注文したナイフだゾ?早く受け取レ。私も暇じゃないんダ」

 あ゛ぁー駄目だ。苛々する。
 エンヴィーは舌打ちをして箱を引ったくるようにして受けと、ろうとする素振りでランファンの肩を掴んで、壁にガツリと押し付けた。

 「…どうした、親の敵を見るような目をしテ」
「あんた、グリードの仲間?」
「グリー…?いや、知らないナ」
「ほざけっ!!」

 ガッ!!と、掴んでいた肩を再び壁に叩き付ける。

 「あんたが希望入隊した時から怪しいと思ってたんだ…あんた、何の目的で此処に入り込んだ?」
「…ハッ…なんだ、怖いのカ?そのグリードって奴ガ」
「…!」

 ランファンの挑発に、ギリギリと肩を掴んでいた手から、スッと力が抜け落ちた。
 エンヴィーは乱暴に、届けられた箱を今度こそ引ったくった。

 「あっはァ!言うねぇあんた!!斬り刻んでみたくなったよ、グリードの次にあんたをさぁ!」

 最後に殺気を乗せた一睨みでランファンを威嚇し、ドスドスと足音を響かせて自室へ入ってゆく。

 『馬鹿力め…』

 ランファンは自国の言葉で吐き捨てながら、捕まれていた肩を一撫でし、内心安堵しながら自分も自室へと引き上げていった。






 グリードの起こした騒ぎで殆どの人間が出払っていたが、油断は出来ない。
 ランファンは自室の内部に人の気配が無いのを確認してからドアを開けて入り込み、外の気配を伺いつつドアを閉めた。
そしてある事に気付き、ドアを閉めたままの体勢で身を固くする。

 まさかと思い、嫌な汗が滲む。

 ドアを締め切った室内は真っ暗だった。
 おかしい。窓のカーテンは開けておいたはずだから、外の灯りが差し込んで薄明るくなるはずだ。

 気配を探る。
 が、気配は感じられない。
 何一つ。
 そう、この部屋の屋根裏に待機しているはずの祖父の気配すらも。

 意を決してドアノブからゆっくり手を離し、室内へ向き直った。

 闇より濃い人影が、ベッドに腰掛けていた。

 「……っ」

 対峙してなお希薄なその気配に、薄気味悪さが増した。

 「………ぷっ…く、がっはっは!なぁーんつってなぁ!!驚いたかランファン!」
「なっ、おまっグリード!!脅かすナ!」

 心底安堵して、けれどグリードに一敗喰わされたのが悔しくて、ランファンは乱暴に照明を点けながら怒鳴った。

 「仕事の方はどうだ」
「…さあナ」
「おいおい、若様じゃなかったからって拗ねるなよ」
「拗ねてなイ!…報酬は金塊。判ったのはこのくらいダ」
「隠し場所は?」
「さっきもそれを探っていたんだガ、手掛かりすら掴めていなイ」

 グリードは勝手に部屋に置いてあった酒をグラスに開け、一杯やり始める。

 「毒は?」

 ちらり、とグリードはランファンの右手にあるウロボロスの入れ墨に目線を寄越して訊ねた。

 「問題なイ、既に中和しタ。解毒剤は爺様が作って持っていル」
「さすが」
「むしろ、毎日ウロボロスのマークを化粧するのが面倒だナ」

 グリードは軽く口笛を吹いてから二人を賞賛した。
 既にグリード達はこの暗殺者集団が、中毒性の高い固有の毒物を用いて集団を纏めていると掴んでいた。そしてそれが、ウロボロスの入れ墨を媒体として行われている事も。
 ランファンは毒を中和しそれによって消失してしまったウロボロスの入れ墨を、化粧で代用していた。

 「爺様はどこニ?」
「じーさんなら、今頃二週間ぶりの米にがっついてるところだな」
「あぁ…」






 その頃、島のとある洞窟にて。

 『大変だったなぁ…豆ばかり二週間か』
『はい…船に乗った時に忍び込んだ木箱が、ケチの付け始めでした…』
『梅干しもあるぞー』
『くっ…かたじけないです…!』




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