【胸にたゆたう】

□第八話
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 一夜明け、昨夜に一旦中断された鼠狩りが再開された中でエドワードは単独で行動をしていた。
 崖の上に立つ墓標の前で、エドワードは銀時計を握り締める。
 海の臭いとガスの臭いが混ざった冷たい風が崖下から吹き上げ、エドワードの髪をさらさらと巻き上げた。

 この墓標の下に埋められた弟を想う。

 後、少し。後少しなんだ、アル。

 「―――その墓と関係があんのか、その銀時計」

 不意に聞き慣れない声が背後から聞こえ、振り返ると昨日の黒ずくめの侵入者が立っていた。
 グリードだ。
 慌てて身構え、男の隙を伺う。

 「がっはっはっ!無理してんじゃねー。お前からは殺気ってモンが感じられねぇよ。ヤル気もねぇのにこの俺を倒せるわきゃねーだろぉが」

 グリードが楽しそうに指摘したそれは正しく当たっていた。
 必要に迫られなければオレは、極力人を殺したりしないのが常だ。
 しかも昨夜、グリードを生かして捕らえろとの命令を請けてグリードを此方の陣営に引き込めれるなら引き込む事に決定している。下手な怪我は負わせられない。

 「チッ…グリード、何故この島に来た?」
「ぉおーっと、俺の事を知りてーんならそっちも自己紹介してくんねーとなぁ」

 その時、グリードの背後にある森の中を動き回る人影がチラリと視界に入った。
 ―――クソッ…連中が見てる。

「その必要はねー!」

 今現在捕獲命令が出ている対象を目の前にして、何もしなかったと報告されちゃあ粛清対象になっちまう。大人しくお喋りしてる訳にはいかないか。
 殺す気の無いオレに殺されないっつーんなら、遠慮なく行かせて貰うぜっ!!!

 一気に間合いに踏み込み拳を突き出す。かわされる。拳を突き出した勢いを載せた爪先で抉るように蹴りを繰り出し1回転。また拳で下から顎を狙う。

 ―――チッ…全部交わしやがって…腹が立つ!

 と、半ば本気に成りかけた攻防の最中、すれ違い様にチャリ、と金属が擦れる音がした。
 振り返って対峙し、グリードの手元を見て気付く。

 銀時計を盗られた―――!

 グリードは銀時計を無感動に眺めそして、許可も無くその蓋を開いた。
 優しいオルゴールの音が流れ出す。

 「……っ!何しやがる!返しやがれ!!」

 何時も聴いているオルゴールが潮騒の間に微かに鳴り響く。
 エドワードの焦燥を無視しながら、グリードはその銀時計の内側に刻まれた言葉を読み上げた。

 「…いつも空を見上げている兄さんへ…」
「―――あっははぁ!観念しなよグリードォ!!」

 好機とみたか不粋な乱入者が現れて、グリードはパタリと銀時計を閉じながらその冷えた流し目を乱入者であるエンヴィーへ寄越す。
 エンヴィーの周囲ではずらりと並んだ大勢の暗殺者達が、構えた銃器の銃口をグリードに向けている。

 「おっとぉ、動かないでよー。逃げようとすれば撃っちゃうからね!」
「…良いのかぁ?その位置からだとこの小僧にも当たっちまうが」

 グリードが射撃対象という事は、間に立っているエドワードは当然銃弾が通過する動線上にいるという訳で。
 だと言うのにこちらを見るエドワードの瞳はどこまでも凪いでいた。

 「はっ!だから何だって言うのさ?」

 エンヴィーの鼻で嗤いながら小馬鹿にしたように言う言葉が嘘ではないと証明するように、暗殺者達が一歩前に踏み出す。

 「…あ゛ー〜、わぁったよ…」

 ここを強引に突破し、この小僧が蜂の巣になるなんて目覚めのわりー事態を起こさせるつもりはねぇ。
 ―――っつーか元々、わざと捕まる予定だったしな…。

 観念したように肩を竦めてホールドアップをするグリードにエンヴィーが近寄り、その懐を探ってワルサーを取り出した。

 「ははーん、これがグリード愛用のワルサーP38ねぇ…時代遅れの玩具じゃないか」
「忠誠心だけの木偶の棒よりよっぽどマシだがな」
「…あ゛ぁ?」

 次の瞬間、グリードの腹から鈍い音が響く。エンヴィーの拳がめり込んでいた。

「…っ!!っゴホッ!ガホッ…図星か?ニイチャン」

 今度はグリードの頬に拳が入った。

 「…お父様からは生かして連れてこいとしか言われてないんだよねぇ…余計な口利いてると腕を切り落とすよ」
「…がっはっは!…わーったよ」

 唇の端から一筋血を流しながらグリードが陽気に笑う。
 エンヴィーは鋭く舌を打ち、顎をしゃくって歩きを促した。

 「行きな」

 腰に銃口を突き付けられたグリードは今度は大人しいままで、エンヴィーの後に続いて歩き出す。
 エドワードの横を通り過ぎてから、グリードは歩を緩める事なく上半身だけを捻ってエドワードに声を掛けた。

 「悪かったなー、返すぜ“兄さん”」
「ケッ!おまえの兄貴じゃねーっつーの!」

 言葉と共に投げ返された銀時計をキャッチして、エドワードはその場でグリードを見送った。
 奇しくも、その時のグリードとエドワードの心境は一致していた。

 “―――さーぁ、ここからが正念場だぜ。”




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