青の祓魔師

□《闇に泣く》
1ページ/2ページ



 藤本獅郎、はヴァチカンに本拠を置く対悪魔組織・正十字騎士團の聖騎士だ。
 その実力は歴代の聖騎士の中でも最強と言われているが、それ以前に名誉ある筈のその称号には、必ず彼にだけ“異端の”と枕詞がつく。
 曰く――彼が参加した戦闘は、人に害なす悪魔への討伐ではなく、敵味方なき無差別殺戮である。これでは悪魔を祓う処か、神殺しをしかねない、と。
 曰く――悪魔を祓うのに、全く手段を選ばない。仲間も協力者も、時に犠牲にする冷酷さを見せる。
 曰く――聖騎士として素行が余りに悪い。規律に従わず、女好きで、悪処通いは日常茶飯事。酒は飲むわ煙草は吸うわ、下手すりゃ麻薬にだって手を出しているのかも。
 故に、曰く――彼は、魔王に刻印されし聖騎士、なのだと。





「貴方も懲りませんねぇ。」
「煩ェっての。」
 人間とは、なんと脆いんでしょうね。
 と、何時になく険しい口調で、それでも腕の傷に手当をするメフィストを、獅郎は斜に見下ろした。
 メフィストは悪魔であるが、正十字騎士團にとっては対虚無界対悪魔軍との貴重な情報源であり協力者であり、そして何より“討伐対象”者でもあるのだ。
 その人間臭い快楽主義な悪魔と、悪魔のような異端の聖騎士が、何処でどう気が合ったものか当然のようにツルむのを、正十字騎士團のトップ連中は常に苦々しく考えており、事あるごとに嫌がらせ紛いの難癖を付けてはくるのだが、強引ぐマイウェイな二人にとっては馬耳東風。
「簡単に済ませろよ。」
「…薬を塗って包帯で縛ってるだけですよ。」
「いや、だから。」
 お得意の指振りで済ませられる怪我だろうが、と続いた獅郎の言葉は、ジトリとメフィストに睨み上げられて途中で尻すぼみになる。
「貴方の実力は、私も良く知ってますが…狂戦士のように敵の最前線に突っ込むのは止めろ、とも口が酸っぱくなる程に忠告した筈です。」
「…あ〜、だがなぁ、あれ位なら俺一人で――」
「倒せるでしょうね。ええ、今回も見事に悪魔は滅ぼされましたね。でも、騎士團の被害はどぅなんです?」
 う゛っ、と唸り獅郎はそっぽを向いた。
 悪魔に押されっぱなしだった戦局は、獅郎が前線に飛び込んだ時点で、騎士團の勝利に変わる。
 ただし、それに巻き込まれた味方(人間の側の)なんざ、『使えねぇ足手まとい』扱いで切って捨てた身としては、些か答え難い。
 まぁ、あの時点で助かる見込みのない瀕死の重傷ならば、一思いに死なせてやるのも慈悲だ、と獅郎は判断した。
 僅かな命の残り時間を、断末魔の最期の痙攣までをも悪魔に嬲られ、魂を搾りあげ啜りしゃぶり尽くされる、とするならば。
 メフィストが後発の援軍連れて現場に来た時には、障気と魔気が渦を巻いて、地面には血泥に塗れた死負傷者が累々と横倒わり、腐臭漂う悪魔の残骸の上に立つ獅郎の姿の方が、余程援護隊員達の背筋を凍らせるに十分な理由だった。
 人間も、悪魔も、形すら定まらぬ屍と化した穢土の上で、顔に点いた反り血を拭うことなく、薄ら笑いを浮かべていた、聖騎士の姿に。
 メフィストだけは、余りの惨状を目にし意識すら硬直してしまった祓魔師達を尻目に、スタスタと獅郎の側へ歩み寄ると、『おや、負傷してますね』なんて天気の話をするみたいな気安い口調で聖騎士に話し掛けたのだ。
 同朋を顧みることなく、同族を悼むことすらなく、壮絶な戦闘を生き残った藤本獅郎のみを見詰めて。
「人間は、とても脆い。…直ぐに死んでしまうのですよ。」
「…悪魔から命の尊厳に関して説教されるたァなぁ。」
 ああ、全く理解してない。
 メフィストは内心歯噛みしていた。
 彼ほど、悪魔を狂喜させる魂を持つ人間はいない。
 彼ほど、悪魔に近い人間はいない。
 藤本獅郎は、聖職者でありながら、この悪魔メフィストの祝福を受けている。
「…貴方が死んだら…私が、貴方の魂を囲いましょう。」
「じゃあ死ねね〜な、俺。」
 ニシシッと歯を剥き出して笑い、獅郎はメフィストのこけた頬をそっと手で触れる。
 柔らかな接触。彼らしからぬ、メフィストが未だに理解に苦しむ、人間の“愛”情とやらを込めて。
「貴方、全く反省してませんね。」
 悪魔に近いから悪魔落ちをする、と人間は単純に考える。
 答えは全くの真逆だ。
 真人間であろうと足掻くものが、逆に悪魔落ちをしやすい。
 だから獅郎は、悪魔の精神攻撃に対して、比類なく強い。
 この大悪魔メフィスト・フェレスが、全身全霊を込めて悪魔の誘惑を持ってしても。
 彼には、効かない。
 彼だけは、メフィストのゲームの基盤に乗ることすら許さない。
 例えるなら、チェスの盤に麻雀の牌を一つ投げ込んだようなもの。
 どう動いて、どう働くのか、そもそも盤にあること事態が、異常で異端だ。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ