青の祓魔師

□《闇に泣く》2
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『産まれきたる嬰児に祝福あれ、幸いあれ――』



 母親の忌の際、小さな小さな必死の祈りは、悪魔に最も近いとされる“異端”の聖騎士によって聞き届けられた。

 産まれた双子。

 物質界にとって重大な脅威となる青焔魔の子供が、この日、後に“青い夜”と称される時に。

「処分せよ、始末せよ、抹殺せよ。どう読んでも、上からの指令書は子供達を殺せと言って来ていますが?」
 メフィストは、猫のように眼を細めた。
 視線の先で、若い女性の死を心から悼む表情で、産声をあげ続ける嬰児達を、両腕に壊れ物を扱うかのごとく一人ずつ抱き上げた獅郎が地に膝をついている。
「…倶利伽羅に悪魔の焔を封印したか?」
「ええ。完璧に……と言いたいところですが、残念ながら私の力を持ってしても、青い焔を永久に封印することは無理です。」
「無理を承知で頼んだんだ。」
 だからこそ獅郎は、魔神の焔にも耐えうるだろう神剣・倶利伽羅を、本尊とする明陀衆の本拠地にまで盗りに行ったのだ。
 青焔魔の血を受け継いだ子供の中から、悪魔の力を削ぐ為に。
 魔神サタンの子を身篭った、彼女の願いを聞き届ける為に。

「それで、どぅしますか?」
 あくまでもピエロめいた恰好を崩さないメフィストが、白いシルクハットを片手にクルクルと回す。
 そんなメフィストを見返すことなく、獅郎は二人の子供の温かさを腕に感じながら、迷いなく答えた。
「俺が育てる。」
 ぼと…と、メフィストの指先からシルクハットが落ちた。
 たっぷりの沈黙後、メフィストの大爆笑が産屋である洞窟に響き渡る。
「素晴らしいっ、なんて面白い事をっ。寄りにも因って、貴方が、育児を?」
 腹を抱え跳び跳ねて笑いこける悪魔の尻を蹴り飛ばそうと身を起こすが、獅郎の両腕はフニャフニャした首も座らぬ二人の乳飲み子で埋まっていて、派手なアクションの一切を制限されていた。
「くそったれっ。」
 神父にあるまじき口汚さを吐き出し、それでも獅郎は、二人の子供を腕の中から離すことはしない。
 なぁ…、と。
 感情の揺らぎない硬質な瞳で、無垢な赤子を見詰める、獅郎。
「…こいつらを、武器に出来ねぇかな。」
 腕の中の重み。聖騎士としては何も負担に感じない、だが、何よりも重い、命。
「対悪魔への、ですか?」
 母親は、産まれた双子達が、人間として育ってくれるよう、願って逝った。
「人間だったら、俺が育てる。」
 そんな獅郎へ、茶化すようにメフィストの声が、ヒソリと届く。
 確定され決定され断定された、赤子の未来。
「…悪魔だったら?」
 悪魔、なのだ。悪魔として物質界に産まれた赤子なのだ。
 虚無界からも物質界からも、悪意と害意しか向けられぬであろう最も邪悪な血と力を受け継ぐ、この二つの命。
「…そんなことには、俺がさせねぇよ。」
 獅郎の口許がヒクリと歪む。
 悪魔の力が覚醒したとしても、人の心があれば、脅威にはならない。
 寧ろ、最強の対悪魔専用武器が物質界に誕生する。
「武器、ねぇ。」
「ああ…“救世主”という名の武器になる。」
 柔順な武器に成り得なかった團聖騎士が、嗤う。
「面白いっ、実にエキサイティングだっ。良いでしょう、私の全力を持って、この子供達を助けましょう!」
 メフィストは両腕を暗い天井に突き上げ、芝居じみた動きで宙を振り仰ぎ声を張り上げた。





『人間を教えるなら、俺が育てる。』
 獅郎は、そうメフィストに告げた。
『悪魔を教えるなら…お前に頼む。』
 手段も方法も問わない。
 ただ、封じていた悪魔の焔に覚醒する時があれば、メフィストはその全存在を賭けても、青焔魔の児を育てる、と獅郎に誓った。

「…貴方は、実に良い父親でしたよ。」
 あの子供は、貴方にそっくりだ。
 無鉄砲な所も考え無しな部位も、何よりも前向きな強い心が、貴方に瓜二つだ。

 藤本獅郎の双子、奥村隣が倶利伽羅の封印を破り悪魔に覚醒した時、メフィストは彼に会った。
 こちらを睨む子供の眼が、昔の小さな獅郎のようで、笑ってしまう所だった。
「悪魔は契約主義者なんですよ。」
 方法も手段も問わない。
 これからメフィストは獅郎と交わした約束通り、全存在と全能力を持ってして、燐に悪魔のことを教育する。
「貴方の大事な大事な、愛し児ですからねぇ。」
 そして、大悪魔メフィストにとっても、切り札ともなる愛しき末弟。
「それも貴方が望んだ通り、“救世主”という名の武器となりますかどうか…」
 それより問題は、一足先に祓魔士となった双子の弟の方だ。

 メフィストは、低く喉を鳴らして嗤う。

 獅郎は、嘘つきだ。

 嘘八百に真実を一つ混ぜて、悪魔を騙す。真実に虚像を一つ交わらせて、人間を欺く。
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