青の祓魔師

□《闇に泣く》3
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 正十字学園は、“お”とか“ド”とかが頭につくような超々セレブな私立学校として有名であり、学園都市として一つの街の機能が丸々維持できるほどの規模、である。

「だからって今日び高校生が、こずかい二千円はね〜よっ。」
「おや、君は流通貨幣価値を見出だせませんか、二千円札に?」
「おまえ、何にこだわっちゃってんのっ。」
 我達が愛しき末の弟は、学園理事室で盛大に文句を付けながら、私がストックしていた菓子を片端から貪っています。
 彼――奥村燐は、私を「胡散臭いヤツ」とか「信用出来ないヤツ」とか常々口にしてますが、美味しいお茶とお菓子は如何かと誘えば簡単に、嘆かわしいほど単純に尻尾を振って理事室まで着いて来たのです。
 最近の幼稚園児だとて「知らない人には気安く着いていかない」と教育されているというのに。
 青少年の健全なる育成の学舎に関わる私としては、彼の人を疑わぬ素直さに感涙すべきか、賢さを何処かに置き忘れた頭脳に落胆すべきなのでしょうか。
 いやいや、魔神の血を唯一物質界で受け継いだ子でありながら、全く悪魔らしからぬ彼の性質を嘆くべきでしょう。
 兄としても、後見人としても。

「ほんでサ〜雪男のヤツが〜。」
 彼に関する情報、特に心理感情を含めた貴重な日常の話は、こうして本人から、水を向けなくともスルスルと引き出せます。
 まぁ、話題の十中七・八は優秀な双子の弟についてで、後は祓魔塾の友達のこと、霧隠シュラ祓魔士からの特訓の成果、ですか。
 奥村燐の感情の揺らぎは、長い年月を人間社会に暮らしてきた悪魔の私から見れば、余りに幼いもの。
 今時の若い人間は、もっと小狡く自己中心的で利己主義が勝る部分が目立ちますが、彼から感じ取れる負のイメージは余りに少ない。
 悪魔らしくない、というか、人間にしても稀なことですよ、これは。
 最善最良ベストを尽くしたのであろう、彼を育てあげた藤本獅郎神父には、本当に頭が下がります。

「なぁ…メフィストは親父と親友だったんだろ?喧嘩とかも、したのか?」
 奥村燐は現在、祓魔塾で勝呂竜士という訓練生と非常に仲の良いライバル関係にあるらしく、衝突も度々の様子です。
「藤本、と?えぇ、そりゃ喧嘩もしましたよ。」
 そう私が応えると、奥村燐は『へえぇ〜』と目を輝かせ身を乗り出して来ました。
「祓魔師として知り合ったのかよ、正十字騎士團の日本支部で?」
「違いますねぇ。」
 私は、極上の紅茶を口にしてから、繊細なカップをソーサーに戻し、奥村燐に向き直りました。
「正確には、彼が5歳位の頃から、知ってます。今現在、騎士團・最年少の祓魔師資格取得者は、君の弟、奥村雪男先生のものですが、それ以前は藤本のものでしたから。」
「あ…あ〜…そぅだった…。」
「彼の、悪魔との闘い振りは霧隠先生に聞いてませんか。」
「いや…なんか聞いても、俺の知ってるジジィと一致しねぇってゆーか。」
 彼からの素直な表現に、私は苦笑してしまいます。
 その違いこそが、藤本がサタンに付け込まれ憑依される原因となったもの。
 藤本が、奥村兄弟と共に暮らし、家族として生活していく中で築かれていった、彼の譲れぬ“幸福”の思い。
「彼は、悪魔に対し異常に憎悪を募らせる戦闘スタイルでした。例えは悪いですが、キレた時の奥村先生…いえ、それ以上の狂戦士状態で。」
「へぇ〜。」
「当時、藤本は経験も浅く、私も随分と楽しませてもらいました。」
「うわ…なんか嫌だな、それ。」
 なんですか、その目付きと、身の引き方は?
 尻尾がビクついてますよ。
 というか奥村燐くん?尻尾は悪魔にとって弱点の一つだから隠しておきなさいと、以前に言っておいた筈なのに。
 君は未だに、詠唱幻術の一つも使えませんか。
「うっわ〜、雪男と同じこと言うなよな。」
 ムカつく、と唇を尖らせる子供めいた奥村燐の、表情。

 ああ、そう…。
 そうでした。
 藤本とは、最初っから友人だった訳ではありませんからね。

「一度、私は藤本に、本気で祓われそうになりましたよ。」
「は?アンタ、何して、あのジジィを怒らせたんだ?」
「聞きたいですか?」
「うん、聞きたい!」
 ワクワクといった表情の奥村燐に強請られ、私はデスクの椅子に背を付け深く座り直しました。
「では、お話ししましょう――」





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 上位悪魔が複数出現する現場を、ほぼ一人で制圧した藤本獅郎・上一級祓魔師は、メフィストの情報操作に逸早く気付いた。
 獅郎を含めた騎士團祓魔師達が向かった小さな村が、丸々悪魔達に憑依されている最悪なシナリオを、最初に話さなかったこと。
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