青の祓魔師

□《闇に泣く》4
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「…ある意味、健気過ぎて涙が出ますよ、ねぇ。」
 まぁ、これがTVの『昼メロ』なら、腹を抱えて笑っちゃいますが。
 テーブルに頬杖ついて、そう面白そうにコメントをしたピエロ男こと正十字学園理事長のメフィストは、調理室で忙しく食事の準備をしている奥村燐の姿を観察していた。
「何がだよ。」
「君が、奥村先生に好意を持たれたいと努力する姿が、ですよ。」
 まぁ、好きな相手をオトすなら胃袋から、というのは人間には有効な手段ですけどね。
 そんなメフィストの声に、あっさりと否定が入り、ピエロは『おや』と目を眇めた。
「こんなの、意味ねぇよ、雪男には。」
 典型的な和風家庭の味メインな、奥村兄弟の食卓を彩るメニューの数々は、実のところ、祓魔師としての仕事から帰宅する燐の双子の弟・雪男の為のものである。
 朝食、学校内での昼のお弁当、夕食、そして雪男が祓魔師の仕事で遅く帰宅した際の夜食も、燐はキッチリと手を抜かずに用意する。
 あの成績優秀優等生な弟が、実は好き嫌いが激しい偏食者だったことは、まぁ兄の燐だけが知ってることだが。
「長く家族をしてたから、ですか?」
「ん〜、いや…アイツは俺のこと、本音部分で大嫌いだからさぁ。」
 好意をあげようとしてでの事ではない、と言いながら燐は、フライパンを手にコンロの前に立つ。
「はあ?」
「…双子だからサ、判っちゃうんだよな。…雪男、悪魔になっちゃった俺のこと、厄介で面倒な、それでも家族だから仕方がないって見捨てずに一緒にいてくれてるけどサ…。」
 雪男の本音は多分違う筈だ、と燐は言う。
『死んでくれ!』
 それが、真実。偽りない雪男の答えだからだ。
 もしも万が一にも有り得ないが、燐が明確に人間の敵に回ったら、雪男は真っ先に躊躇いなく兄を殺すだろう、と。
 燐は確信している。
 その覚悟、を持って『兄を守る』と言い切るのだ、あの弟は。

 メフィストは、その言葉を肯定も否定もしない。

 燐は悪魔で、雪男は人間だ。
 それは、この物質界にあって覆せない絶対事実だ。
「家族?兄弟?血の繋がり?…俺、そんなの、もぅとっくに失くなってるんだって、理解してるんだ。」
 燐が悪魔に覚醒した時から。燐のせいで養父である藤本神父が亡くなった時から。
 燐は学校の成績は、甚だ宜しくない。 馬鹿だ何だと言われる位に、成績優秀な弟とは天と地底くらいに差があるが。
 だが弟以上に、燐は直感と感情で受け取るイメージの情報判断では、何万倍も優秀だ。
 悪魔に覚醒した今現在、その能力を使おうと燐がイメージすれば、人間が心の中でひた隠しにしようとする欲望や、あらゆる悪意が簡単に表に引き出せるだろう。
 それこそが、悪魔の最も得意とする、人間の『心と魂を篭絡させる』技だ。

「家族でも、兄弟でもないなら、君達二人は何になるのですかね。」
「さぁな?」
 メフィストは、燐の揺れる尻尾を見ていた。
 彼は、悪魔だ。だが物質界の理に縛られ、人間の感情に囚われている。
 その軛は雪男が手にしている、と燐は判断している。
「…困りましたねぇ。」
 メフィストは楽しそうに、もう一度『困った』と口にした。
「奥村先生が、祓魔師として存命する以上、君は私の物にはなってくれませんね。」
「…雪男に何かあったら…俺は、心も失くす。」
「君なら、“青い夜”以上の惨劇を呼ぶのでしょうね。」
 それこそ、ある意味、サタンの目論み通りになる。
 燐は、人としての燐の意思を無くし、サタンの器と成り果てるだろう。

 いや?
 いやいや、それより恐いことが起こる。
 何故ならば正十字騎士團は、悪魔を祓う歴史の中で、根本的な事を忘れてしまった。
 則ち…悪魔とは、何か、という根源を。

 メフィストは低く忍び笑う。
「君が人の意思を無くせば、後はソドムとゴモラの通り…。」
 物質界における人間社会は、全て滅びる。
 それは――悪魔ではなく、神の思し召し。

 だから、燐には一日も早く完全に悪魔の意識に目覚めて欲しい、とメフィストは思うのだが。

「お、そろそろ雪男が帰って来るぜ。」
『ほら、もう消えろ』と、片手を振る燐に、メフィストは『はいはい』と席を立った。
「奥村燐君――我等が愛しき末の弟――君の兄弟は、此処にも居ますよ。それを、お忘れなく。」
 人間の言うところの家族愛では無いでしょうが、それでも私は心から君を歓迎するでしょうね。
 そう芝居めいた仕種で一礼するメフィストに、燐は嫌そうに顔を顰めた。
「…アマイモンの方がマシだ。」
 単純明快な地の魔王の、そのフリーダム気質には、燐にも通じるところがあるらしい。
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