青の祓魔師

□《闇に咲く》1
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「確かに、報告書は受け取りました。」

 百人に問えば百人が口を揃えて『胡散臭いっ』と言い切るだろう、そんな悪魔の人を喰った笑みを見ながら、聖騎士の藤本獅郎はドカリと尊大な態度で執務室の来客ソファーに腰を下ろす。
 高級そうなアンティーク調のバカでかい机に、羽根ペンとインク壷と、山積みの書類。
 相変わらずなピエロもどきの服装で、名誉騎士のメフィスト・フェレスは、提出された書類を指先で摘み上げ、ニヤリと笑う。
「ですが、貴方からの帰還報告を、私は未だ受け取ってませんが。」
「ああ?」
 なんだ、そりゃ?
 と、顔にも身構える態度にも現にして、獅郎はメフィストを斜めに睨んだ。
 ちょい、ちょい、と。
 ニンマリ嗤うメフィストの人差し指だけが、宙に曲げ伸ばしされ、『こっちへ来い』と聖騎士に合図を寄越す。
 その言葉とサインに含まれた意味を正確に読みとり、獅郎は頭を掻きむしった。
「テメェ…」
「ほら、早く。」
 ううう、と熊のように唸った獅郎は、バッとソファーから立ち上がると、デスクの前まで大股に歩み寄る。
「あのなぁ…四十面下げた中年に、何をさせやがる。」
「私から見れば、ケツの青いガキと一緒ですよ。」
 たかが人間の、たかだか40年余りの生など、上級悪魔の永遠ともいえる生とは、比べものにもならない。
 厳密にいえば、生命活動とは物質界の生き物に使われる言葉であって、虚無界の悪魔に使われるべき単語ではない。
 木っ端小悪魔風情等は、メフィストから見れば微生物程度の存在である。
 つまり人間にとっては、比喩なきウィルス的なもの。悪魔は、決して撲滅など出来はしない。
 人間が生存する限り、共に存在するもの、なのだ。
 だからこそ、祓魔師も存在する。
 だからこそ、特上級悪魔であるメフィストは、特上級祓魔師である藤本獅郎を愛で可愛がる。
 あくまで悪魔的に、と解釈が付くが。

 帰還報告という名義の「ただいま、のキス」は、たっぷり濃厚に舌を絡めあうもので、さしもの聖騎士も解放された時は支えの腕が必要な程に息が上がっていた。

「…う…ふァ…」

 メフィストは舌舐めずりをしながら、獅郎の腰に回した両腕に力を込める。
 密着させた下肢が、二人分の熱を互いに伝え合う。

「私の唾液は、貴方にとって媚薬に等しい。」
 そうですよね、獅郎?
 貴方は、私という上位悪魔と、自我を保ちながら寝たのですからねぇ。

 耳に囁き落とされる言葉は、獅郎の身体を震えさせた。
 甘い声…滴る様な蜜の毒。
 メフィストだけから齎される、その淫靡な毒を、獅郎は甘受する。
 獅郎もメフィストも、互いに口にせずとも知っているからだ。

『ただの人間の生など、悪魔の昼寝にも満たぬ時間』
 世界に秘されたまま、いずれ消える。 この濃密で愛しい禁忌な、人間と悪魔との触れ合いは。

 祓魔師の黒い長コートを脱がし、カソックの前を開く。
 メフィストの指先は手早く優雅に、獅郎から邪魔な衣服を脱がせていく。
「なんだよ…?」
 スルリと、メフィストの爪の先が、獅郎の脇腹の塞がりかけた傷を掻いた。
 ヒクッ、とわなないた体。
 痛みは薄らいでいるだろう傷に、メフィストは舌を這わせた。
「…余計な傷が、また増えてますねぇ。」
「あのなぁっ!」
 業と難易度の高い任務回して寄越しておいて、余計な傷だぁ?ざんなっ。
 獅郎の怒りを抑え込みながら、メフィストは『そんなところが、憎らしいほど可愛いですよ』と、業と聴覚に訴えるよう、リップ音を立てて臍へ口づけた。

「可愛く泣きついてくれれば、それなりに任務内容も考えてみましょう。」
「考える?考えるトコがそれか?こン腐れ悪魔っ。」
「失礼な。虚無界の大公と称される私と、あんな不浄な腐の王とを、一緒にしないで下さい。」
 言いあいの間にも、メフィストの愛撫の動きは止まらない。
 獅郎も本気で止めるつもりはない。
 スルと、メフィストの髪に手を滑らせ、柔らかく頭を撫でてから、縋るように獅郎の両腕が背に回される。
 何時になく素直な仕種に、メフィストは強情っ張りな祓魔師を小さく笑う。

 傷だらけの獅郎の体。
 この傷痕の幾つかは、悪魔との戦いで受けた傷ではなく、守るべき人間から命を狙われ傷付けられたもの。
 体も心もズタズタに傷付いて、それでも藤本獅郎は祓魔師として、闘う姿勢を崩さない。
「…加護は?」
 緋玉のような瞳が、期待に揺れているのを間近に覗き込み、メフィストはクッと喉を鳴らした。
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