青の祓魔師

□《闇に泣く》5
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「大好きだよ…愛してる、兄さん。」
 奥村雪男の全身全霊を込めた渾身の告白は、産まれてこの方、最愛としてきた半身の、『ナニ言ってんの』という呆然とした表情に迎えられた。
 流石に、血肉を分けた双子の弟から告白されるとは考えてもなかった事だろう兄の困惑は判るが、もう十分察してくれても良い筈だが、と雪男は優秀過ぎる脳内で再シュミレート。
 自身に向けられる恋愛感情にはトコトン鈍い初心者な兄では、やはり日常会話的な告白では無理があったか。
 いやいや。そんな事はない。
 何せ本日付けで、五つ星クラスの超が付く位に問題児だった魔神の力を唯一受け継いだこの兄は、正十字騎士団に残る史上最短時間で上一級祓魔士の資格に合格したうえに、四大騎士候補にまで名を連ねたのだ。
 同じく同期に上一級祓魔士となった雪男の、守りや助けは既に要らない。
 燐は、自身の出生に纏わる露骨な偏見や差別を物ともせずに、着実に信頼寄せる仲間を騎士團の中に増やしている、日本支部を代表する祓魔師だ。
 問題児であった兄は、『魔王の息子』だからと、問答無用で人間から処分されることもない筈。
 ならば、長年抱えて来たこの想いを、もう兄に伝えても良いだろうと、雪男は思ったのだ。
 今日、という日を選んだのは、燐が最終目標とする聖騎士の地位に、その手が届きそうになったからだ。
 頭脳優秀な弟と超落ちこぼれな兄ではなく、教師と生徒という互いの立場はなくなり、祓魔士と候補生でもなくなり、監視者と危険な悪魔の子という関係でもない。
 世間一般が云う弟と兄の関係から、もう少し親しい位置になりたかったのだ、雪男としては。



「え? ナニ? …それ、なんの冗談? ドッキリなエイプリールじゃねぇよな、今日は?」
 雪男からの告白に、全く『意味が解りません』と、燐は困惑も現にして。
 悪魔として覚醒してから外見上は全く成長してない学生のままの姿でいる燐は、黒い祓魔士のコートを困ったようにモソモソ手でいじりながら、いつも背にしている倶梨伽羅を、改めて担ぎ直した。
「冗談じゃないんだよ、兄さん。」
「いや、だってソレ…人間的に有り得ないだろ、雪男?」
 困ったように笑う兄に、雪男も『これは意味が全く通じてないな』と困ってしまった。
「だから、僕は兄さんのこと、大好きなんだよ。」
 改めて口にして、雪男は頬を赤く染めた。
 本当に、全く、長い長い道程だったと雪男は過去を思い返す。
 魔神の力を受け継いだ兄を守る為に、最年少で祓魔士の資格をとり、悪魔として覚醒した兄を、害意や敵意ある悪魔と人間から守り、その背を守り続けて来たつもり、だった。

 雪男から、したら。

 しかし、燐は。

『え?』
 と、表情を酷く強張らせ、雪男から距離を取ろうとする。
「兄さん?」
 あんまりな燐の態度に、流石にムカっと来た雪男が睨めば、兄は見たことがない程、傷付き打ちひしがれた顔で。
「嘘つくなよ、雪男。」
 と、静かに口を開いた。
「に、兄さん?」
「お前は、俺が大嫌いなのに? お前の大事な家族を死なせたのは、この俺なのに?…そんな、見え透いた酷ぇ嘘を付くなよ、雪男。」
「っ! 違う、神父さんは…。」
「そうだよ、ジジィは俺のせいで死んだんだ。」
 蒼白になった雪男の言葉を遮り、燐は虚ろな乾いた笑い声を上げた。
「お前の大好きだった‘人間’の兄貴を消したのも、‘悪魔’の俺だ。お前の『医者になりたい』って夢を奪ったのも、全部、俺のせいだろ? 雪男は、いつも言ってたじゃねぇか。」
「違っ、違うよ、それはっ。」
 危機感も緊迫感も全くない、暢気で楽天家な燐を諌め注意を促す為に、雪男が心を鬼にして告げて来た言葉。
 それは…燐の心にちゃんと届いていた。
 響いていた。
 突き刺さっていた。
 深々と。えぐるように。何度も、何千回も。数え切れない数だけ。
 それらは一度も抜かれることなく、毒矢のように、燐の心に突き刺さったままでいた。
 どうして、雪男は傲慢にも『兄だから、理解して総てを赦しくれる』等と思い上がった事をしてきたのだろう。
 家族だから赦される、と甘えきって…人として見たら即破局となる場面を何度繰り返し、燐に強いて来たのか。
 雪男の顔から血の気が引いていく。
 そう、なのだ。
 素直な燐は、半身である雪男の言葉を、キチンと受け止め、咀嚼し、理解して、覚えていた。
 兄だからこそ、雪男からの言葉を、一言一句間違えることなく、覚えていたのだ。
 そして燐の心は人間のものであるが、附属された‘悪魔’の特性も隠されていたのだ。
 かつて、悪魔・メフィストは雪男に、嗤いながら告げたではないか。
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