青の祓魔師

□《闇に泣く》
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「…サタンは、貴方に目をつけるでしょう。」
「や、もぅ付けられてるし。」
 獅郎は、目を伏せる。が、メフィストはそんなものでは騙されない。
 獅郎は、幼い時に魔障を受けた人間だ。
 その悪魔絡みの事件記録の全てを、支部長であるメフィストも、目を通している。
「現在の物質界において、貴方ほどサタンの器に相応しい者はいないでしょうね。」
「知ってらぁ。」
「だから、私に囲われてしまいなさい。」
「それ、無理。俺の性に合わないし。」
 包帯を巻き終えたメフィストの腕を捕らえ、獅郎はその掌の上に口づけを落とす。
「なぁ…今晩、そっち行くわ。」
 チラリとメフィストを見上げる瞳の奥で、微かな甘えすら込められた獅郎の誘いの色。
「決定事項ですかそうですか貴方って男はっ!」
 ふざけた傘を空間から一瞬で呼び出し 、柄を掴んだメフィストは獅郎のド頭に躊躇なく振り下ろした。
 声も無く頭を抱え地面に転がる獅郎を見捨てて、メフィストは立ち上がった。
「あ、あの、ファウスト支部長?」
 脅えを隠せず、それでも蛮勇奮って声を掛けて来た若い治療士へチラリと冷たい視線を流し、メフィストは左人差し指を宙に振る。
「はい、怪我人はドンドン運んで下さいね――あいん・つう゛ぁい・どらい!」
 カウントする間に、無数に転がった負傷者は、皆さん頭の先から爪先まで包帯でカチカチに巻き固めたミイラ姿にされていた。
「支部長〜〜ォっ!」
 流石にこの仕打ちには、四方から非難の声が上がるが、悪魔な身には屁でもない。
 いや、寧ろ、包帯巻いてやっただけでも感謝されたい位だ。
 聖騎士には、手ずから薬を塗りマメマメしく包帯を巻いた大悪魔は、それだけで負傷者への興味が途切れたらしい。
 くるん、と踵を反すと、傘をフリフリ、日本支部本部へと戻ってしまった。



『悪魔には、愛がないんですよ。』
『じゃあ、俺が死ぬまでに教えてやるよ。』
 傍若無人なオレ様聖騎士が、何を好き好んで大悪魔を『親友』と口にするのか。
 二人だけの時は、親友以上の戒律破りをしている癖に、とメフィストは笑うしかない。
 快楽主義な悪魔としては、彼からの倒錯めいた情交は否定も拒否もしない。
 いやいや、聖職者を肉欲から陥落させるなら、寧ろ願ったり?な状況が少し長く続き。


 ――獅郎は、やはり悪魔ではなかったのだ、とメフィストにも理解出来たのは、彼の死後の事。
 肉体は滅び、魂は青焔魔に焼き尽くされ…囲うことすら出来なかったではないか。
「…獅郎…悪魔には愛がないんですよ…。でも、この喪失感は、一体なんなのでしょうね?」
 藤本獅郎は、青焔魔の炎に焼かれ、しかも自ら魂を絶った。
 生まれ変わりは望めない。
 誰もいない墓場。藤本獅郎の墓碑の前で、『早く囲ってしまえば良かった』と、らしくない悔やみ事を漏らしながら――。
 メフィストは、目深に被ったシルクハットの陰で、クククッと小さく自嘲した。





2012.06.05 -END-

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