青の祓魔師

□《闇に泣く》3
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『村に出現した悪魔を祓う』という正十字騎士團から指令が実は、憑依をされた村人全員、老若男女を含め悪魔と共に抹殺するということを、現地に赴く祓魔師達に何も知らせなかったこと、を。

「流石に獅郎、アナタには免疫がある。」
 小さく喉を鳴らして笑ったメフィストは、提出された報告書の何枚かを机から両手で取り上げ、ヒラヒラと左右に振って見せた。
「何でも、今回の戦闘に参加し生還したアナタ以外の祓魔師達は、皆さん正十字騎士團を辞めるとまで言ってるそうじゃありませんか?」
 祓魔師として、悪魔と戦い殺すことを自ら選択した癖に、お粗末な覚悟ですよ、と。
 メフィストの冷笑を篭められた揶揄する口調に、獅郎の口が開かれ、声が出るまでに一拍の間が置かれた。
「…そりゃ、手前が…」
「だって獅郎、アナタは祓魔師になる以前から、とぅに“人殺し”ですからねぇ。」
 それについての獅郎の返事は、聖銀の弾でメフィストに返って来た。
「危ないじゃないですか。」
「手前…っ、業とだなっ?」
 業と、俺にっ―――村人を祓わせたなっ!

「一度でも憑依を許したならば、正十字騎士團としての判断は、人ではなく悪魔ですよ。」
 メフィストの言葉は、正十字騎士團の祓魔師としては、至極最もな答えだ。
 人ではないのだ。
 悪魔に憑依された時点で、ソレは人の範疇から足を踏み外した者と見做される。
 獅郎はギリギリと音が聞こえる程、歯を軋ませ、メフィストを睨む双眼に殺意を乗せる。
 その血の凝ったような瞳の、なんと美しいことか…、と。
 メフィストは悪魔としての本能を揺さぶられ、キュッと瞳を縦長に細めた。
「報告書によれば、アナタ、母親に抱かれていた赤子にまで引き金を弾いて、斬り払ったそうじゃありませんか。」
「…不用意に赤ん坊を抱き上げた中二級祓魔師が、喉笛噛み千切られたよ…。」



 如何に、年端もいかぬ憐れな赤ん坊が泣き喚いていようと、母親である女が髪を振り乱し助けと慈悲を乞い血の涙を流そうとも。
 それは人としての記憶を再生させた、悪魔の巧妙な身の毛もよだつ演技でしかない。
 獅郎は知っている。
 とても良く、知り過ぎる程に、判っている。
 だから、騎士團仲間の制止を振り切り銃口を向け、獅郎は赤ん坊の頭を撃ち抜いた。
 泣き叫び、死体を胸に抱き締め縋り付く女の頭を、刃で二つに斬り裂いた。
 悲鳴を上げ二人に駆け寄る男の心臓を刺し貫き、怒り声を出しこちらに向かって来た年寄りの腹に何発も弾を撃ち込んだ。

 殺さなければ、殺される!
 あれは、アレ達は、人間ではない。

『人殺しっ!』
 批難の叫びは、獅郎が背中を任せた筈の、騎士團の仲間からのもの。
『止せっ、近寄るなっ。』
 ソイツ達は、もぅ…助けられないんだっ、と。
 獅郎の制止を聞かず、騙された仲間が、生き残りの村人を助けようと差し延べた手を、悪魔は嘲笑い牙を剥く。
 仲間が次々と、村人に憑依した悪魔に屠られる。
 揺らいだ心を憑かれ、様々な厳しい訓練を受けた筈の仲間ですら、容易に憑依され悪魔になる。

 獅郎は容赦など、一切しなかった。

 村人を、仲間を殺しながら、ただ、生き残る意志を刀と銃に託し、聖なる神の言葉を詠う。
『……願わくば、父なる神の慈悲に縋り…。』
 この汚れに満ちた魂にも、安らぎが訪れますように……。



「………獅郎…?」
 静かなメフィストの声に、表情を失った獅郎は顔を上げる。
 大悪魔は、さも愉快そうに、猫のように目を細め唇を歪め、聞く者の背筋が寒くなるような甘い声で。


「この、人殺し。」


 ダダダッと間髪入れず、メフィストがいた場所に何発も弾穴が撃ち込まれた。
「クソ悪魔があっっ!」
 銃を構え、怒号を放つ獅郎。
 軽々と部屋を飛び回り、メフィストは笑う。嗤う。嘲笑う。
「だって獅郎――アナタ、仲間殺しの祓魔師が、」

 泣いてるじゃないですか?

「〜っ!!」
 揺らぐ心、引き金を弾く照準がホンの僅かにズレる一瞬。
 メフィストは、獅郎の唇を奪いかねない至近距離にまで近付き、聖銀弾を篭めた銃を握る掌に冷たい手を沿え下へと降ろす。
 ――獅郎、と吐息のように名を呼び、メフィストはもう片方の手で、動きを封じた祓魔師の無精髭がある頬を、愛撫と見紛う優しさでそっと撫でる。
「その魂……私に下さいな。」

 ズド――ッ、と。
衝撃があったのは、メフィストの腹部。

「―――汚らわしきは、砂漠の蛇蝎…飢えを渇きを、血で…」
 …血で贖えよ。
 何時の間に、隠し持っていた武器を取り出したのか。
 メフィストの腹に深々と突き刺した銀のナイフで刔り、躊躇いなく真横に切り払った獅郎。
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