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□大好き。
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「芭蕉さん、僕はちょっと厠に行ってきます。」

私の弟子はそう言って立ち上がった。

「そう、行ってらっしゃい。」

それを私は出来るだけ満面の笑みを浮かべ、見送る。

…遂にこの時がやってきた。

彼の後ろ姿を見つめる。

とても美しく綺麗な曽良君。
時々私に見せてくれる照れた様な笑い顔が、私は大好き。

私に酷い事もするけど、それは曽良君の愛だよね? 私はわかってるから…

私は絶対に曽良君から離れないし、絶対に曽良君を離さない。

…曽良君が絶対に私から離れない様にするには、私は何をすれば良いのかな?

私は鞄の中から粉薬を取り出す。

昨日私の友人に持って来てもらった、私と曽良君をつなぐ魔法の薬。

君がこれを飲めば、君は死んでしまうだろう。

でも大丈夫。

芭蕉が全てを見守るんだから。

曽良君の笑顔。曽良君の怒った顔。曽良君の幸せそうな顔。曽良君の死に様。

そういうこと全部……ね…

私は曽良君が飲んでいたお茶の湯呑みを持ち上げた。


「…芭蕉さん」

曽良君の声。
…近くまで来てるなんて全く気がつかなかった。

急いで魔法の薬を茶に注ぎ、元の位置に戻す。

そして、さっきの様に笑みを作り振り向いた。

「お帰り曽良く」

…腹に何か冷たい物が当てられた感覚。

驚いて腹を見ると、短刀が私の腹に深々と刺さっていた。

「……曽良君…?」


短刀が腹に刺さっている。
その事実を認めた私の脳は、今更のように私に痛みを伝えてくる。


私は、今まで体験したことのない程強烈な痛みに顔をしかめながら、彼の顔を見た。



彼は …泣いていた。

「芭蕉さんが いけないんですよ」

曽良君が言った。


曽良君の涙は、やっぱり美しいなぁ


「芭蕉さんが昨日、誰かからの貰い物なんて 受け取るから…」

貰い物…? もしかして魔法の薬のこと?

「僕は芭蕉さんが大好きなんです。」

そう言って彼は一気に私の腹から短刀を引き抜いた。

「………っ…」


僕だけの芭蕉さんなんだから…





…消えゆく意識の中、私は思った。



あぁ、私は幸せ者だなぁ って



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