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□お仕事
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何の変哲もない今日。

俺は、いつものように部下である鬼男くんに見張られながら仕事をこなしていた。

チラッと鬼男くんの顔を見てみる。

彼は、ただ俺の筆の動きを目で追っているようだった。


……鬼男くん、俺の方は見てくれてないんだよなぁ…


俺が仕事さえしっかりと熟していれば、彼は俺に構わない。


構ってくれない


そりゃ、俺が騒いだりふざければ鬼男くんは相手してくれよ?

でも、彼から俺に構って欲しそうにしたことはない。



「……鬼男くんのバーカ…」

「………はぁ?」

閻魔の突然の呟きが、今まで続いていた沈黙を破った。

何故閻魔にこのタイミングで馬鹿と言われなければならないのか、鬼男は理解出来ず、訝しげに顔をしかめた。

そんな鬼男を、閻魔は上目遣いで見つめる。

「………なにか不満でも…?」

鬼男は首を傾げた。

「………不満だらけだよ」

「…何が不満なんです?」

鬼男の質問が気に入らなかったのか、閻魔はキッと鬼男を睨みつけた。

「…………だから鬼男くんは馬鹿なんだよ」

「なっ………」

閻魔の言葉に怒りを感じた鬼男は反論しようと口を開いたのだが…

鬼男は言葉を失った。

なんたって、自分を睨みつけてくる閻魔が、いつにない悲壮な表情をしていたのだから。


「………鬼男くんにわか「オーーイッ 鬼男!! ちょっとコッチに来てくれー!」

閻魔の呟きが、扉の向こうから聞こえた声によって掻き消された。

誰かが鬼男を呼びにきたようだ。

閻魔の表情が強張る。

鬼男は閻魔大王の秘書。

そんな鬼男の一日の仕事の量は尋常ではない。

いつものように、鬼男は慌ただしくこの部屋を出て行ってしまうのだろう…

閻魔はそう思い、表情を強張らせたのだ。

「………。」


………しかし、今日の鬼男は何も動かなかった。

動く処か、息を殺しているようにも見えた。

コンコンと扉を叩く軽い音がする。

「あれー? 鬼男居ないのー?」

「………おっかしいなぁ… いつもは此にいるのに…」

パタパタと足音が鳴りはじめると同時に、扉の向こうの声も小さくなっていった。

それを見届けた鬼男が、溜めていた息を吐き出した。

「………鬼男くんどうして居留守なんか……」

閻魔が早口に呟いた。
声が少し震えている。

「どうしてって…」

鬼男は、少し考えるような動作をしてから、言った。

「あんたがそんな顔してたら、他の仕事何てできませんよ」

鬼男の、何の曇りもない真っ直ぐな眼差し。



「………あ…」

閻魔の目から一筋の涙。

「えっ!?」

「………あれ? 涙だ…」

鬼男と閻魔、二人同時に驚く。

「…………」

「あっ……えっと……」

鬼男はどうしたら良いのか分からず、ワタワタと手を動かしていた。

そんな鬼男の様子を見て、閻魔が静かに俯く。

「……大王どうし「バーカ」

「………え?」

本日3回目の馬鹿。

「嬉しくて泣いてるんだよ」

閻魔は鬼男の顔を見て、フニャッと泣き笑いをした。

それは、とても幸せそうな笑みだった。



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