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□シチューとカレー
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「嫌だっ! シチューのルーなんか売るものかっ!!」

「はぁ? 何言ってるんですかアンタは」


…………何


「私はシチューよりカレーが好きなんだっ! ほら嗅いでみろ! 私の服を」

「うわっ そんなに腕を近付けないで… クサッ カレー臭っ」

「臭って… カレーの良い匂いが」

「発酵したカレーの臭いがします」

「おまぁっ!!」


…………こいつ


「………たく アンタの好みはどーでも良いから、さっさとシチューのルーを売ってください!」

「嫌だっ!」

「あーっ! もう! 店長呼んでこい!」

「え? 店長?」

「そうっ 店長っ!!」


僕の視界がグニャリと歪みだした。


「私が店長だぞっ!」


「ざけんなこのアホ店員っ!!!しごと………」



口の中にしょっぱい味が広がる。

僕の涙が口に入ったのだ

……僕は泣いてる?


…………


頭が真っ白になる。


どうしたんだろうか 僕は

この店員、ムカつく。


ムカつくのに……


何だかすごく、懐かしいんだ


乱暴に涙を拭い、奴の顔を見た。

泣き出す僕を、なぜだか奴は先程の雰囲気からは想像もつかないほど、穏やかな笑みで…


違う。


想像なんてすぐできた。

僕はこの笑みを見たことがある。


「………やっぱり、妹子?」

「…………」

奴が諭す様に問い掛けてくる。

僕の頭の中で、何かがうごめきだした。



『ハーブの香り〜♪』


『私は摂政だぞ!』


『よし こいつを毒妹子と名付けようっ!』



「…………あ…」



『何これうまま!妹子も喰ってみろよ!』


『だってわんちゃん可愛いんだもん」


『い〜〜もこ〜〜』



『………もし、私が明日から居なくても…』


『…………何言ってんですか?』


僕の声。



『………ごめんなさい……』


僕が何かにしがみついている。

記憶の中で目を凝らす。

それは、先程まで僕に楽しそうに笑いかけてた男の……亡きがら?


『太子ぃ……』



「…太子……なんですか…」


奴は、それを肯定するように、僕に柔らかく微笑んだ。



「………太子……」

「ん?」

奴……太子の微笑み。

太子は微笑んでいるのに、僕の身体は震え出す。


「太子……僕は………太子が亡くなる前日、何か出来たはずなのに… それなのに………」




「太子を護れなくて申し訳ありま「妹子」


太子が僕の言葉を遮った。

『妹子』 という言葉が、僕をえぐる。

僕は太子を救えなかった。

ただ、太子の骸にしがみついて泣くしか、能がなかった。

僕は、太子が次に発するであろう言葉に身構える。

歯を思いきり食いしばった。




「私を妹子の家に案内するでおまっ!!」


「…………え?」

何処か間抜けた響きのある太子の声。

…そんな声で太子は、僕が想像していたのとは、真逆の言葉を発した。


「――太子っ! 僕は太子を「おまぁっ!」

太子が奇声をあげ僕の声を遮る。

「………それ以上言ったら…」

「言ったら……?」

「泣くよ?」

太子が、淋しそうに俯く。



僕はそんな太子に背を向けた。

そして、シチューのルーを掴み、走り出す。

走って『あのコーナー』を目指す。



「太子、これを売ってください。」

僕は太子に、『カレーのルー』を勢いよく突き出した。


そんな僕を見て、太子が吹き出した。




終わり。



「………ねぇ妹子」

「なんですか?」

「このカレー、何だかコーンが入って」

「あはははははっ!…………気のせいですよ!」

「え えぇええぇぇ」





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