魔法少女リリカルヴィヴィオ

□第五話 少女達
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第五話『少女達』

「なんで、だよ……」

 愕然としたカナンは眼下に広がる光景に目を奪われる。
 美しいかった自然区の景色は見渡す限りの荒野へと変じてしまっていたから。
 それを成したのは間違いなくカナン本人で。
 それでも自然だけならまだ少年はここまで絶望感に浸っていない。
 少年の心を蝕んでいるのは、殺人を犯してしまったということだった。
 こんなことは望んでいなかった。怪我はさせるかもしれなかったが、動けなくするか、それが無理なら手傷を負わせて退散するつもりだった。そうすることで拒絶して離れるつもりだった。
 確かに道を阻む者は誰であろうと薙ぎ払うと心に決めた。
 だが、無用な殺人などしたくはなかったのに。

「おい、何で、殺した……」

 カナンの問いかけは己の左手に収まる剣へと向けたものだった。
 最後の瞬間、剣はカナンの身体を奪い、極大の魔力砲撃を撃ったのだ。

「話が違う。離れるって言っただろ。テメェもそれを了承したんじゃねぇのか。だから俺にやらせたんじゃねぇのか。もう少しだった。後はあの防御叩き割って一撃入れれば終わってた。終わってたんだよ! 何で殺した!? テメェの望み通りにしようとしたのに! なんでだ!!」

 カナンは言う。約束は守ろうとしたと。
 殺すわけがわからないとカナンは煮えたぎる怒りを余さず剣へとぶつける。
 激高するカナンに対し、沈黙を保っていた剣から返ってきた答えは、嘲笑。

《ふふ。マスターは面白いことを言うな。殺す必要がなかったと言っているように聞こえるが?》
「……それがどうした?」

 今までのような濁りきった声ではない。はっきりと女だとわかる声で剣が喋る。
 剣の声が女であったという驚きもあったが、それ以上に苦々しい思いの方が勝った。より近くに感じるということはそれだけ剣との同調が進んだということだろうから。
 苦虫を噛み潰したような表情をしたカナンに剣はおかしくてたまらないというふうにクスクスと笑った。

《あの少女の言った言葉を聞いていなかったのか? マスターのことを理解したいと言ったのだぞ? マスターはソレに揺れていた。ここで見逃せばいずれまた現れ、貴方の前に立っただろう。
 寧ろ感謝して欲しいものだな? 私は甘い貴方のために、自ら手を煩わせて殺してやったのだから。主想いだと思わないか?》
「テ、メェ!!」
《力を求めたのは貴方だろう? 代価は孤独であること。貴方は日常を崩壊させてでもいいソレを望んだ。いわば自業自得というものだ。私への言い掛かりは止めてもらいたいものだが? 一時の感情に任せて叩き折るというならそれでも構わないが――》
「ッ!?」

 自身に宿るありったけの魔力をつぎ込み、剣を破壊してやろうかと考えたが、その瞬間に黒剣が閃き、自身の喉下へと切っ先を突きつける。
 浅く切れた首の皮。震える指先がゆっくりとした速度で剣を喉へと進行させる。
 刃が皮を破る冷たい感覚と僅かな痛み。このまま進行すればやがては血管を断ち切りカナンは命を落とすだろう。
 無論、カナンにそんな自殺願望はない。身体を操っているのは剣だ。抵抗を試みるも、コントロールは戻る気配すらない。

《――貴方が私の支配を抜けることが出来るなら、という話だがな。
 貴方が取るべき行動は二つ。自分の意思で全てを薙ぎ払って目的を達成するか、私に操られるまま殺戮の限りを犯すか。
 ああ、このままここで喉を裂いて死ぬという選択でも構わないぞ? それはそれで面白い》
「……黙れよ」 
《ほう?》

 笑うことを止め、剣は感嘆の声を上げる。それは偽りでもなんでもない。真に驚いたのだ。

「言ったろう。俺の身体は俺のもんだ……。テメェは黙って俺に使われてりゃいいんだよ……。
 邪魔なもんは薙ぎ払う。ああ、やってやるさ。でもな、殺すかどうかは俺が決める。
 テメェの操り人形なんかに誰がなるか。そんな変態的な趣味持ち合わせてなんざいねぇんだよど阿呆が!!」

 カナンを拘束していた剣の呪縛を跳ね除けて見せたのだから。
 ガラスの砕け散るような音と共に、力を使い果たしたカナンは空中に展開した魔方陣の上に膝をつく。
 剣が知る限り、そんなことをやってのけた人間はいない。
 飛びぬけた資質を持っていることはわかっていたが、ここまでとは予想外。

《マスターは面白いな。私に任せたほうが楽だと思うが?》
「楽したいならテメェみたいな剣求めてねぇだろうが……」
《ふふ、確かにな》

 こんな主は滅多にめぐり合うことは無いだろう。
 剣に機嫌というものがあるのなら、今が正に頂点だったのだろう。

《楽しませてくれた礼に教えてやろう。先ほどの娘、ヴィヴィオとか言ったか。恐らく生きているぞ》
「……何?」

 カナンにとって朗報とも言える情報を教えてくれたのだから。
 ヴィヴィオが生きている。思いも寄らぬ言葉にカナンは眉を潜める。
 真実だとするならば本当に嬉しい。出会ったばかりではあったが、話していてとても楽しかった。もう会う気は無いにしろあの屈託の無い笑顔が消えていないという知れただけでもこの情報には十分な価値がある。
 が、剣がこんな情報を意味無く教えてくれるはずもなかった。

《だがな、マスター。あの状況から集束砲撃を避けれたと思うのか?》
「……いや」
《ああ、そうだ。あの少女は死に体だった。と、言うことはだ、あの絶望的な状況から命がけで少女を助け出した人間がいるということだ。マスターの心境はどうだったか知らないが、その人間にはマスターが少女を殺そうとしているようにしか見えなかったことだろう。どういうことか、わかるか?》
「……ああ」
《マスターは、大なり小なり、その人間の憎しみを買った、ということだ。――転送は終わったようだな。来るぞ》
「くっ!」

 実に楽しそうに剣が事実をカナンの心に突きたてた。
 瞬間、視界の端に金色の光が映る。
 その様は正に三日月。見た目には美しいが、カナンへと飛来するソレは切断力に秀でており、鋭利な刃と全くの同義。
 確かに高速ではあるが、捉えきれないということもない。剣の対魔力性は万全。弾き飛ばすこと事態は苦でもない。
 だが、カナンはあえて難易度が高い回避を敢行。停止していた身体を強引に捻ればチリっとした痛みが頬を過ぎる。
 それに構わず抜剣、頭上に掲げて膝を沈める。

「――ァァァアアア!!」
「ぐ、ぉ……!」

 声は段々と大きくカナンの頭上より響く。
 漆黒の姿と夕日に煌いた金髪を確認した次の瞬間には相手は得物をカナンへと叩き付けていた。
 直下重攻撃とはこのことだ。準備していたにも関わらず膝が笑い出す威力。
 もし、先刻の刃を弾いていたのなら対応出来たとしても不十分な体勢では防御もろとも叩き落されただろう。
 手加減は一切感じられなかった。つまりそれはカナンにそれだけの敵意を抱いているということでもある。

「……アンタか、ヴィヴィオを助けたのは」

 カナンの問いに目の前の女性は答えないが、その目に宿る敵意がそうだと告げている。
 女性の名はフェイト・T・ハラオウン。ヴィヴィオの保護責任者の一人である。
 確かにフェイトの速度ならばカナンが一瞬の抵抗を見せた時間でヴィヴィオの救出も不可能ではない。
 それは同時に、カナンがヴィヴィオを殺そうとしている現場を最も近くで見ていたことになる。
 普段は温厚な彼女が犯罪者相手とはいえ少年相手に敵意をむき出しにする理由がそれしかないのだ。馬鹿でもわかろうというもの。

「ヴィヴィオは――」
「黙って」

 カナンの言葉を遮り、それを最後に鍔迫り合いの感覚が消える。
 違う。引き寄せられたのだと気付く。
 話をしようと思ったことが間違い。自分は相手からすれば憎き敵だということを今更ながらに思い知る。

【Haken form】

 ほんの一瞬の思考。それすら遅いとバルディッシュの無機質な声がカナンの背後で告げている。
 いつフェイトが回り込んだのか、目で追うことすら出来無い。対応策を立てる暇もない。
 雷撃纏う鎌が頭上より振り下ろされる。
 ギィアンという鋭い音。続いてフェイトが驚きに息を呑む。
 完全に背後を取った。なのに何故、この少年は反応しているのかと。

 ――見切られた?

 初見にしてフェイトの機動を見切る。それがどれだけ難しいかは言うまでもない。
 ましてや経験の差があり過ぎる。そこにフェイトの奢りがあった。
 一瞬の油断。怒りで冷静な判断が出来なかった。拘束を第一とするならば攻勢の手を止めるべきではなかったのに。
 
「オォッ!!」
「ッ!!」

 フェイトが止まった一瞬の隙をついてカナンは強引に身体を捻りフェイトを弾き飛ばす。
 しまったと思うもすでに遅く、待機させていたのか、転移魔法を展開したカナンの姿は薄れつつある。
 速度からして短距離転移だろうが、ほとんどデータの無い相手に対して追跡は簡単ではない。
 逃がしたくない。けれど、一度働いた慣性はフェイトを持ってしても回復までに数拍の間を必要とする。
 睨みつければカナンはフェイトからおもむろに視線を逸らす。フェイトの見間違いかもしれないが、それが本当に申し訳なさそうに見えて。

「すんません……。あと、あの子を助けてくれてありがとうございました」
「……え?」

 響いた言葉こそカナンの本音で、もしかしたら、もしかしたら殺人をおかそうとしていたこの男の子は――

「もう、会わないことを願います。ヴィヴィオにも、忘れろって伝えといてください」

 ――優しい男の子なのではないか?
 思考がフェイトの脳に流れ込む。その残滓を振り払うまでに少年、カナンの姿は消えていた。
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