魔法少女リリカルヴィヴィオ

□第九話 揺らぐ想い
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 第九話『揺らぐ想い』

 懐かしい話を終えて祐希奈が「ふぅ」と一つ溜息をつく。
 いかに印象的な出来事とはいえ三年も前の話となるとちゃんと話せるか自信はなかったのだが、口に出してみると案外覚えているものだと自分自身で関心していた。

「でさ……」
「えぐッ、ひっく……」
「何で泣いてるかなぁこの子は。そんなに泣かすようなとこあったっけ?」

 静まり返ったシャワールームに響くヴィヴィオの嗚咽。祐希奈当人としては出会いの話をしただけであり、感動的な部分など話してはいない。というよりカナンとの間に感動できるような場面は全くない。状況がわからないだけに首を傾げる祐希奈。
 ならば可能性として考えられるのは知らないうちにヴィヴィオの地雷原を踏み抜いたということだ。

「んー、取りあえずごめんね?」
「違う、の……。祐希奈さんは、悪くないの……」
「へ?」

 しかし、そうではないとぶんぶんと首を振って否定するヴィヴィオに「じゃあ何で?」と訊ねる。 

「だって、お母さん、亡くなってて、辛い、のに、話してくれて、でも、私はカナン君のことしか、頭になくて、祐希奈さんのこと、気にかけてなくて……」
「あぁ、そういうこと……」

 流れの上で仕方なかったとはいえ、母親が亡くなっていることを聞いてしまったことにヴィヴィオは悔いているのだ。
 個人の事情は軽々しく聞いて良いものではない。故人の話ともなればなおさらだ。辛い記憶を思い出させるのと同じ行為なのだから。

「ごめんなさい。ホントにごめんなさい……」
「勝手に話しちゃったのは私なんだし別に気にしなくてもいいの。――それに軽い気持ちでこの話をしたわけじゃない」

 やたら重く考えるヴィヴィオに祐希奈は苦笑を返した。
 確かにうっかりで話して良いという内容でもないが、祐希奈からすればカナンの話題とてそれは同じこと。

「私は、ヴィヴィオと仲良くなりたいの。わかる? 仲良くなるためにはある程度は自分のことも話さないとダメじゃない?
 そりゃあ全部が全部ってのは無理だけど、アンタが教えてって言うなら教えられる範囲でなら教えてあげるつもり。
 今の話は”話していい”ってレベルの話なわけ。カナンのことも、母さんのことも含めて、ね?」
「私達、知り合ったばかりなのに?」
「ほらまたそういう固いこと言う〜」
「あぅ……」

 別にいいんだよと諭しても尚も食い下がるヴィヴィオだったが、時間など、祐希奈にとってはどうでもいい。
 信頼できると彼女が思えばそれで条件は満たしているのだから。
 仲良くなれるかなれないかは直感でいつも決めてきた。
 その祐希奈の直感が告げている。ヴィヴィオとはなれる。否、なりたいと思う。

「初日にさ、アンタみたいな子は嫌いって言ったじゃない? あれ、嘘だから。優しくて、一生懸命で、考えてるようで意外と向こう見ずで、嫉妬しちゃうくらい可愛くて」

 面と向かってこんな恥ずかしいことを告げたことはないけれど、ヴィヴィオには告げておきたいとすら思う。
 後ろで背中を洗ってくれていたヴィヴィオの胸に頭を預け――何か負けているような気がしたが無視した。――首を捻ってキョトンとしているヴィヴィオと肩越しに視線を交わす。

「アンタみたいな子は、好き」
「あはは。ありがとう」

 聞く人が聞けば愛の告白と勘違いされそうだなと思わなくもなかったが、ヴィヴィオに限ってそんなことはなく素直に受け入れてくれた。
 その純粋さに心地良いものを感じながら、目を閉じて――

「あのね、祐希奈さん」
「んー?」
「あの、えっと、私も、祐希奈さんのこと、好き、だから」
「……ッ」

 ――まさかの告白返しに目を見開いた。
 そして目の前にははにかんだ笑みを浮かべながら頬を少し朱に染めた女神――もといヴィヴィオがいる。
 ここが仮にシャワールームでなく、通路であり、通りがかった異性が見れば一発で落ちる程度には可愛らしい。
 同姓である祐希奈ですら少しばかり鼓動が速くなっているあたりその破壊力は押して知るべしだ。

「この子がライバル、かぁ……」
「祐希奈さん?」
「……何でもない。それよりその祐希奈さんっての、いい加減やめない? 友達なんだし、呼び捨てでもいいわよ? 祐希奈〜ってさ」
「でも、呼び捨てってあんまり慣れてないから――」

 これは強敵だと苦笑しつつも、それを悟られまいと話を逸らす。
 しかし、天然さんの実力を祐希奈は甘く見ていた。
 素で弱点を突くような行動を取るもの。それすなわち、天然。
 
「――祐希、ちゃんって呼んで良い?」
「……」
「あれ? どうしたの?」

 ボシュ! っという音を出しそうな勢いで祐希奈が赤面する。
 ”祐希ちゃん”その呼ばれ方に対して彼女は免疫がなかった。
 見た目こそ美少女である祐希奈だが、中身が中身なため周囲は自然と”一之瀬”や”祐希奈”と呼び捨てになってしまい、祐希奈自身もそれに慣れすぎてしまった故に女の子っぽい響きで呼ばれる免疫が本人もびっくりのレベルで無くなっていた。
 無意識での完全な不意打ち。これぞ天然の真骨頂とも言える。

「いや、あの、その、その呼び方は……」
「ダメ、かな?」
「ダメ、ではないんだけど……」
「えへへ。じゃあ、そう呼ばせてもらうね。祐希ちゃん♪」
「あーーうーー。もういいわよそれで……」

 もし、ヴィヴィオが自分の友人達とあって「祐希ちゃん」と呼ばれたならば友人達はニヤニヤするか腹を抱えて笑うかのどちらかだろう。そんな日々を想像し、羞恥に悶える。
 もしかしたらカナンだけは温かく――視線を逸らして笑うだろう。
 そうなった場合は遠慮なくぶん殴ることに決めた。……まぁ、どうなろうと殴ることは決めているので殴ることには変わりないのだが。

「祐希ちゃん♪ 祐希ちゃん♪」
「うっさいわね! 何よもう!!」
「あ、ごめんね? 意味はないんだけど、嬉しくって」
「名前くらいで大げさすぎだってば……」
「あはは。ごめんなさい祐希ちゃん」

 度重なる祐希ちゃんコールに「ったくもう」と呆れつつも祐希奈自身そこまで悪い気はしていない。少しかもしれないが、打ち解けることが出来たから。
 一歩でも良い。先日よりもヴィヴィオの心へ踏み込めたのなら満足だ。ゆっくりと進んでいこう。
 そうして仲良くなっていけば――

 ……いつか、アンタの事も教えてくれる?

 ――この、笑顔の裏に隠れる暗闇もほぐしてあげることが出来る日が来ると信じて。
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