魔法少女リリカルヴィヴィオ
□第十話 先輩として
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第十話『先輩として』
翌日、色々な事情が重なり、延びに延びていた訓練がようやく始まる――
「……なさい。起きなさいってば! ヴィヴィオ!」
「……?」
――直前の時間のお話だ。
ガクガクと身体が揺すられている。とてつもなく重い瞼を開いてみれば、見覚えのある顔。
外人かと見間違うほどの輝く銀の長髪。モデルでも通用しそうな端整な顔立ち。目はややつり目、瞳の色は琥珀色で、勝気な印象を与える、けれど、とても優しい、女の子。
「お、はようございます……。祐希、ちゃん……」
「はい。おはよう……って、おーい? ヴィヴィオってば〜起きてる〜?」
「……起きてる……よ〜?」
「寝てる……。これ絶対寝てるって……」
祐希ちゃんと呼ばれた銀髪の少女、一之瀬祐希奈は困ったように額を抑えながら溜息を一つ。
失礼な。と声にはならなかったもののヴィヴィオは反論する。
起きていなければ返事などしないし、目もあいていない。その証拠に祐希奈だということは認識している。
ただ、視界がぐぃんぐぃんして思考がぐにゃんぐにゃんしているだけだ。
自力で行動出来る。それを見せ付けるため、ヴィヴィオはベッドから飛び降り――もとい、転がり落ち、立ち上がって洗面所へ向かうことにした。
「お?」という祐希奈の驚きの声。ヴィヴィオにしてみればただ歩いているだけだ。驚くことでもない。
「ふぇ?」
「えー……」
ゴンという音と共にヴィヴィオの額に広がる硬く冷たい感触。
ヴィヴィオの目の前には洗面所の扉。しかし、押しても押しても洗面所の扉は開かない。
その光景をジト目で見る祐希奈。
それもそうだ。ヴィヴィオが洗面所の扉と思っているのはただの壁なのだから。ちなみに洗面所の扉はその一メートルほど右にある。
ヴィヴィオは朝に弱い。祐希奈の中で溜息と共に決定付けられた瞬間だった。
【ふふふ。可愛らしいですね】
「まぁ、可愛いには可愛いけど、普段が普段だけに――ああいや、普段からこんなんかも。この子」
【マスターのデバイスとしてフォローしておきますと、今日はまだ歩けているだけマシかと思います。なので、変な子ですが変な子などと思わないであげてください。変な子ですけど】
「……フェアリー。ホントにフォローする気、あんの?」
【いえ、実の所全く。マスターの寝起きの悪さについては諦めていますので】
「アンタ達の関係がわかんなくなってきたわ……」
保護者っぽい感想を述べるアシェルと毒を吐くフェアリーに嘆息しつつ、ヴィヴィオに視線を戻して――あり得ないものを見て愕然とした。
「くぅ……すぅ……」
「……立ったまま寝てる!?」
【寝てますね】
【マスターですから】
「漫画じゃないんだからさ……」
寝ていた。それはもう見事なまでに寝ていた。ボーっとしているとかいう次元の話じゃなく、睡眠という形で立ったままの姿勢で間違いなく寝ていた。
漫画でしか見たことのない姿に――ほんの一瞬だけその凶悪な可愛さに心を奪われそうになったが――しばらく祐希奈は固まった。
【ところで祐希奈?】
「へ? あ、何?」
ちょっぴりショッキングな出来事に心を奪われていた祐希奈はアシェルの声によって現実を取り戻した。
【時間、大丈夫なんですか?】
「…………あぁぁぁああああああああああああああああーーーー!!!!」
直後、自分達が危機に直面していることに気付かされた。
初日、ということで朝連の時間は少し遅めの六時となのはからは伝えられた。現在時刻は五時五十分。集合場所に行くまでに要する時間は歩いて五分。走れば二分。
しかし、祐希奈はヴィヴィオを起こすのに奮闘していたせいで洗面や歯磨き以外の最低限度のことしかできていない。ヴィヴィオに至っては洗面すらまだ。
最悪このままいくこともできるが年頃の女子的にそれはどうか。考えるまでもなく、無理だ。というか可哀想だ。
ならば祐希奈が選ぶ方法はただ一つ。
「仕方ないわね。一之瀬流最終奥義を使う時よ」
【私、そんな流派知りませんけど……】
「ターゲット・インサイト! ゲマトリア、誤差修正!」
【はぁ……。聞いてませんね。この子】
アシェルの溜息は華麗に無視しつつ、祐希奈の視線はヴィヴィオを中心に捉えてロックオン。
漫画で見たっぽい知識をフル稼働しつつ――意味は全く理解していないが――祐希奈は跳躍のために身を低くする。
……怒るかなぁ?
そして一瞬迷う――
……ま、いいや♪ やってから考えよっと♪
――こともなかった。
今、ここに、一之瀬流奥義が、極まる。
理不尽極まりないとか言ってはいけない。祐希奈風に言うなれば全ては寝ぼすけなヴィヴィオ悪いのだ。
「いざ! 参る!」
【そちらのマスターは楽しそうですね】
【今はそれしか考えてないでしょうからね……】
《流派一之瀬流。皆伝、一之瀬祐希奈。奥義》
「強! 制! 脱! 衣!」
【凄く普通に犯罪ですね】
アシェルの冷ややかなツッコミは女の子同士だからセーフと背中で語りつつ、その最強の理由は盾に祐希奈は溜めていた力はを解放し、ヴィヴィオへと急接近し、奥義を炸裂させる。
パジャマのボタンを秒間で全てフルパージ。すれ違い様に下半身もずり降ろす。タイムにして二秒足らずの出来事であった。
「御免!!」
「……ふぇ?」
言霊一言、女子の衣服が宙に舞う。此処に一之瀬流奥義、成せり。
「上下お揃いの水玉かぁ。うん。似合ってるわね♪」
「…………ふぇぇぇぇぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!??」
【可哀想に……】
【まぁ、自業自得ですが】
こうして、犠牲者、高町ヴィヴィオによる断末魔の声が機動六課の朝に響きわたったのであった……。