銀魂〜突撃! 真選組!!〜
□淡雪篇
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prologue〜A型とB型は恐ろしいほど合わないっていうのは割とマジ〜
人の生き死になんてそこの雪と同じさ。降るだけ降って、時が来たら水になって消える
どう足掻こうが人はいつか死ぬんだよ。だったら、出来る限り長く生きた方がいいだろう?
雪も深まる今日この頃。恋歌がこたつで暖をとっていれば、近藤がねえねえと雑誌を広げて来たのが話の始まりだった。
ゆるゆると上体を起こして、こたつの外との温度差に大きく身震いをする。
近藤が机に広げた雑誌を見てみれば『血液型で分かる! 男女の相性!』などという安っぽい謳い文句が書かれていた。
近藤が開いたページには、A、B、O、ABの文字が至る所に散りばめられている。
そういえばマイブームになっているのだと、以前誰も聞いていないのに声高に言っていたのを思い出した。
「お妙さんの血液型って何型か聞いてないか?」
「いえ、私は聞いてません。今度聞いておきましょうか?」
まぁいくら血液型上での相性が良くてもあのアプローチでは一生かかっても交際まではこぎつけられないだろうが。
恋歌が心の中で付け足したのにも気付かずに、彼女の上司は「やったあ」と大いに喜んでいる。
少し興味がわいて、横目でチラリと紙面を見やっていると近藤がニンマリと笑っているのが気配で分かった。
慌てて雑誌から目を逸らすと、いよいよ近藤が楽しそうな表情を浮かべてきたのだ。
「気にするな。誰だって気になるもんなぁ」
「はっ、いやっ、べっ、別に、き、気にしてませんよ!? 全っ然気にしてませんよ!?」
「素直になれって占ってやるからさぁ〜! ホラ! 血液型は? 何型?」
「もおおおおおおしつこいな局長はあああああああ!! 違っ……違エエからっ本当にもおおおおおおお!! B型です」
それだけ聞くと、近藤は「よっしゃ任せとけ〜」とページをぱらぱらとめくりだした。
「血液型でそんなに性格が決まるものですかね?」
「いや俺ァ考えた事無いけど、やっぱりある程度は決まってくると思うぞ。コイツ絶対A型だと思ったら大体A型だし」
「ああ、確かに。私が合わないと思うた奴は大体A型でした」
「ああー……A型とB型は元来合うように出来てないもんなァ……分かる分かる〜……」
それきり無言になった近藤の目尻に透明色の粒が出てきたように見えたのは気のせいだろうか。
などと考えていると、近藤の手が止まる。
「お、あったあった。血液型と性別で相性占いしてるのがこの辺だ。お前等の相性は……あ、ここだ」
見てみれば、確かに紙面自体が桃色になっていかにも浮ついたことを書いていそうだ。
血液型と性別、二つがくっつけば16通りの組み合わせを作ることが出来る。
近藤がトン、と指を置いた先。そこには『16位 A型男性とB型女性』とおどろおどろしい文字でデカデカと書かれていた。
「ああああああああああやっぱりアイツA型の男だったあああああああああああどうりで話が合わんわけじゃあああああああああ!!」
恋歌は机に突っ伏しながら、普段から仕事の話も趣味の話も合わない、自分と同じ肩書きを持つ男の顔を思い浮かべる。
薄々そんな気がしていたが敢えて触れないようにしてきた部分だっただけに、ショックが大きかったのだ。
「おっ、落ち着け! こっちはぶっちぎりで一位だったぞ!!」
言いながら近藤が指差したのは、『相性が良くないランキング』とこれはまた暗い色の文字で書かれたものであった。
「それ喜べないやつうううううう!! ぶっちぎりで相性悪いって言われてるやつうううううう!!」
「落ち着け恋歌あああああ! 違う占い師さんのには15位までしかなかったから!! 載ってなかったから!!」
「最早圏外!?」
誰がこんなにも互いに互いの血液を受け付けていないと想像できただろうか。
雑誌の占い師たちに振るわれたペンの暴力に、恋歌は某ボクシング漫画最終回よろしく真っ白になって崩れ落ちた。
「立てえええええええ!! 立つんだ恋歌アアアアアアアアアアア!!」
心なしか、そう叫ぶ近藤の片目にアイパッチがあるように見える。
「燃えたよ、燃え尽きた……真っ白にな」
本気半分、遊び半分で近藤のフリに乗った恋歌は、言いながら目を閉じて、安らかに微笑んでみせる。
しかし不意に、真っ白になっていた恋歌に色が戻る。
「あれ、そういえばその土方は? ついでに総悟も朝から見ませんが……」
「ああ、あいつ等ならとっつぁんの言ってた講習会だと」
近藤は朝早くから朝早くから仕事のために出かけた場所を話し始めた。
「己を律し、己の定めたパートナーに出会い、しっかりした子を生み育てるのは我々大人の義務です!」
マイク越しに響くのは、壇上に立つ少しきつい顔をした女性の声。
その頃の土方と沖田といえば、警察庁を一部屋使って開かれている「子供達のこれからのために」とかいう講習に出ていた。
松平に「作れるコネは作っておけ」と言われて来てみたものの、絶賛後悔中。
今必要なのは自分も教養を得て、然るべき相手を自分で見定めること。親がきちんとしていれば子もきちんと育つ。
根拠も具体的な対策についての話もない、原稿以上に薄っぺらい内容に何度も欠伸を噛み潰す。
他の参加者はとチラリと見やれば、真剣に頷いたり、紙の上に筆先を躍らせているお偉方の奥方達の姿がズラリと並んでいる。
成程、旦那に愛想尽かされた奥方達の暇つぶしってわけだ。心の中でひとりごちて火を点けていない煙草を銜えた。
貴重な時間をこんな事の為に割く連中の気が本気で知れない。
「とは言ってもこの御仁、佐々木家の陰に隠れた名門渡辺家当主の姉君。渡辺幸殿ですぜ」
読心術でも会得したのかという程ナチュラルなタイミングで声をかけてきた沖田に、土方は顔を向ける。
「渡辺、っていやあ見廻組のオカマもそうじゃなかったか?」
「ソイツがそこの嫡男でさァ。名家っつっても落ち目だったんですがね。野郎が見廻組の副長に抜擢されて息を吹き返したってトコでしょう」
ふうん……と特に興味もなく呟いて懐に手を伸ばすも、教室の隅の「全域禁煙」のポスターを見てあえなく断念した。
「まさか、お綺麗な殿方二人にお越しいただけるとは思いもよりませんでしたわ」
結局中身のないままの講習が終わって、帰るぞと腰をあげれば先ほどまで嫌と言うほど聞いた声がする。
マイクの音がかかっていないその声に振り返ると、壇上にいた渡辺幸が目の前に立っていた。
表情こそにこやかだが、どこか硬いものを感じる表情を浮かべている。
落ち着いた、思慮深い人間がよく出すような彼女の声色は、妙に耳に残る。
「お陰で少し緊張いたしました。声、震えていなかったかしら」
「いえ、特に気になりませんでした。お疲れさんです」
「まあ、ありがとうございます。お二人共、妻を娶って子を授かる時は今日の事を思い出してくださいまし」
「大いに参考にさせて頂きますよ」
社交辞令に混ざろうとしない沖田の分まで、土方が淡々と言い返す。
しかしこのまま話が進んで感想を聞かれると、スピーチ内容と同じ様な薄さになってしまうので深くは入り込めない。
切り上げて、沖田にこのまま帰る事を促した。
「本当に……パートナーに恵まれないとロクな子が生まれませんからね」
本当に、聞こえるか聞こえないかの大きさ。
幸の声から人間味を全て取り払ったような声色に、思わず土方は振り返った。
「どーしたんですかィ土方さん。遂に頭おかしくなっちゃいやした?」
何も聞こえなかったのであろう。念願叶って早く帰れると急いでいた足をピタリと止めてそう言った。
「いや、何でもねーよ」
渡辺幸は、既に踵を返して反対方向を歩いている。
黒い髪をきちんと結ったその女性があんな事を仕出かす事を、この頃は誰も彼も夢に描きもしなかった。