銀魂〜突撃! 真選組!!〜

□淡雪篇
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〜人の噂も七十五日〜











 私は、いらない子どもですか?






 馬鹿を申すな! いらない人間なんてこの世に一人も居らぬ




























 渡辺と表札が掘られたお屋敷。その一室から「パリン」という不吉な音が障子を突き破り、外へ響く。








「何で……何で!!」







 叫ぶ女の金切り声が、続いて響いた。







 部屋の中には粉々になっている花瓶と、散ってしまった色とりどりの花弁。








 花瓶から溢れた水が、新聞紙の黒い文字を滲ませる。








「許さない……あの子……許さない……!!」








 女性の憎悪がこもった目線の刃の先にいたのは、黒い制服を着た栗色の髪の少女の写真だった。





 



















「へーえ。そんな当たり前の話を二時間も垂れ流すのかその女」








 所変わって真選組の朝。








 食堂で、普段は番組表を見る以外には広げない新聞を見ない派の恋歌が、新聞を広げながらのたまう。








 それ行って何か意味でもあるのか?









 そう聞かれると、正直何もない。だが、恋歌の意見を素直に聞いたみたいで嫌だったので「参考になった」と返す。
 







「お前はとっつぁんに言われなかったのか?」









「言われたけど断った。自分の思い通りになる人間イコール良い人だと信じて疑わぬ勘違い女に教わる事は何もないと」







「ああそうですか……オイ」








「何じゃ?」







 会話を終わらせてしまおうと思ったが、やはり今朝の彼女に気になる節があって話を続ける。









 恋歌は新聞紙から目を離さずに返事をした。









「さっきから新聞紙に広げてるソレは自慢か?」








 と、土方の人差し指がさしたのは『天才女人剣士、一斉検挙成功!』とデカデカと書かれた記事。









 そういえば面白半分に彼女を書くスポーツ紙以外に、大々的に恋歌の事が書かれているのを初めて見たかもしれない。








 顔や口調にはあまり出てはいないものの、本当は誰かに見せびらかしたくてしかたなかったのだろう。








 その証拠に、恋歌は「えっ、何何ー?」と妙に芝居臭い口調で、一旦新聞紙を半分折りたたんで件の記事を見た。







 そして白々しく、こう言ってのけたのだ。






「あっ、ホントだぁ〜! 全然気が付かなかったぁ〜! 全然見せびらかすつもりとかなかったぁ〜!」







「嘘つくんじゃねええええ!! 標準語ペラペラになってっぞおおおおおお!!」






 口笛混じりに、鋭くツッコめば恋歌の額からブワリと冷や汗が溢れてきた。冬なのに。







「ちっ、違エエェから!! ちょっとアレじゃアレ語尾に『じゃ』を付けるのがメンドくさくなっただけだから!!」






「ちょっと待て!! めんどくせえってどういうこった!!」







 キャラ作ってたって事か!?  作ってないから!! じゃ!!  イヤ『じゃ』取って付けたみたいになってますが!?







 そんな具合に朝から賑わう食堂。その端で、近藤と沖田と李麻がもそもそと焼き魚の身をほぐしていた。








「騒がしいのは会議と巡回サボったサボってないの追いかけっこだけにして欲しいもんでさァ。ね、近藤さん」







「朝っぱらから痴話喧嘩おっ始めてんなよ。ね、こんどーさん」







「何も言ってやるな。今くらいそっとしといてやれ。どうせ今日からはどいつもこいつも忙しくなるんだから……」






「「忙しくなる?」」






 恐ろしい単語に、沖田も李麻も頬が一気に痩けていくような感覚がした。

































 その日の巡回は、誰も彼も違法を犯す人間よりも電柱や掲示板に目を光らせていた。






 求人広告や痴漢防止広告などに紛れて、明らかにおかしなものが紛れ込んでいると、早朝、松平からお達しが出たのだ。






 指名手配犯に混じって電柱に貼られてあるそれを見つけた李麻が、ビッと剥がす。






 掲示板に貼られたそれを、山崎が丁寧に剥がす。






 ある程度回収出来たら、合流して次の地点を目指すのだ。






「ザキ……これ誰がやったんだろね?」






「俺に聞かんで下さいよ」






 軽口を叩き合いながら目を通すそれに書かれてあるのは、真選組に対する誹謗中傷の嵐。






 より正確に言うなら……と二人は自分の数歩先を歩く少女に目をやった。








「山崎、李麻。もう適当にやってさっさと帰らんか? 寒いし」








 脳天気にそんな提案をする恋歌と、手元にある悪口の紙の束を見比べてから、山崎と李麻はイヤイヤイヤと首を振る。








「見てコレ!! 全部あんたの悪口!! 流石にこんなもん町中にあったら嫌でしょ!?」








 ばっと紙を広げて、パソコン文字の羅列を見せてくる李麻に、恋歌は「別に」と、どこかの女優のように一蹴。








「興味ナシですか!!」








「切実にどうでもいい」








 長い髪を掻きながら事も無げに答える恋歌の姿に、質問した山崎も、一部始終を見ていた李麻も開いた口が塞がらない。








 その反応に、恋歌は若干鬱陶しそうな顔を見せてからこう言った。








「それともお前達は私が影で云々言われておる事を気にしてへこむとでも思うておるのか?」








 問われた山崎と李麻は顔を見合わせて、互いに目と目で通じ合う。







 そして、小さく頷き合ってから、その顔をまた恋歌に向けたのだ。








「「いえ、全く思ってません」」







「……あっそう」








 事実その通りなのだが、声を揃えて即答されるとそれはそれで腹の立つものであると恋歌は知った。








 若干、額の血管が浮いているのを感じながら次の地点を目指して突き進む。








 だがその出鼻をくじかれるようにして、視界の端に、不自然なくらい白いコピー用紙が入ったのだ。









 立ち止まった恋歌は電柱のコピー紙に手を伸ばし、ひったくるように引き剥がした。









 どこの誰がか知らないけれど、随分暇人なんだな。と思いながら相変わらずのパソコン文字に目を通した。





























『須藤恋歌は須藤歌ノ介と渡辺恋の不義で出来た不倫の子である』








 見た瞬間、地球中の重力が丸ごと落ちてきたかのような衝撃に見舞われた。







 たった十数文字の無機質な筆跡を見た瞬間、に心の奥底まで凍てつかされるような感覚に、呼吸もうまくいかない。








 ほら、やっぱ気になってんじゃん。 意地張らずにちゃんと見回りして取っていきましょうよ。









 すぐ後ろまで居るはずの山崎と李麻の声が、ひどく遠くに聞こえる。










 恋歌は何も言わずに、その紙を丸めて、近くのゴミ箱に投げ捨てた。






























「鑑識方及び捜査の結果分かったことは……」







 使われたのはネット茶屋のコピー機であり、文字もその茶屋のパソコン使用したであろうこと。








 そしてほぼ江戸全域に例のコピー用紙があった事から、人数だけで言うならば単独犯ではなさそうな事。







 つまり誰かを頭に置いた組織ぐるみでの犯行である可能性が高いのだということ。









「身元特定に至る証拠を何も出ねーあたり、相当狡猾な人物であることが予想されやす」








 ホワイトボードに件の張り紙、それが貼っていたと思しき場所をマッピングした地図を広げて沖田が述べていた。









「まっ、こんだけ手の込んだ事してでも嫌がらせしてーんだから怨恨のセンで捜査を進めて間違いねえとおもいやす。因みに当の本人といえば……」








 今回一番の被害者である恋歌の横顔を、沖田はチラリと見やる。








「八百屋のおっちゃん? 泥棒捕まえた時に野菜ダメにしてしもうたから? 銀さん? こないだジャンプ借りパクしたから? いや、たい焼き屋のおやっさん? 最近行っておらなんだから?いやそれとも……」








 沖田の横目を始めとする視線の嵐の中、恋歌はブツブツと心当たりを語りだして止まらない。







 男達の目など、まるで意にも介していなかった。







「……てな具合に、心当たりがありすぎて逆に絞れねえようです。以上でさァ」







「あ!? 何じゃその言い方は! 仕方なかろう! 私にこんな陰湿な事しか考えぬ女知らぬわ!!」






 
 持ちネタをすべて明かした沖田は、ホワイトボードの縁にずっと持っていた資料を置いて自分の席まで歩いていく。









「犯人がまた同じように張り紙を貼るかも知れねェ。引き続き捜査を行いつつ、今夜から江戸全域張り込んで犯人の尻尾を掴むぞ」









 応ッ! 土方の指示に、短くも士気の高い返事が会議室中にこだました。
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