IS〜インフィニット・ストラトス〜死神の黒兎

□それぞれの夜
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「ということで織斑君、クラス代表決定おめでとー!」
 その号令が合図となり、食堂にクラッカーの炸裂音が鳴り響いた。色とりどりの紙テープが舞い上がり、火薬のにおいが室内に充満していく。頭についた紙テープを鬱陶しげに払いのけていた一夏も、思わずその火薬のにおいには顔をしかめた。なにせ、合計すると四十を軽く超える量のクラッカーを一斉に鳴らしたのだ、火薬の量も相当なものとなっているだろうし、それは匂うに決まっている。
 窓を開け、喚起をしながら散らばった紙テープを片付けていく。パーティーなどの始まりにはもってこいのクラッカーであるが、こういった面はやはり不便だ。パーティー開始早々片付けなどという無粋な真似をしなければならなくなるのは、クラッカーの欠点であると一夏は思った。
 時刻は夜の八時。いつもなら食堂は閑散としている時間帯であるが、今日はどういうことか一年生の主だった生徒のほとんどがこの場に集結していた。
「ということで、おりむー改めておめでとー!」
「あ、ああ……ありがとう、のほほんさん」
 布仏本音、通称のほほんさん(一夏命名)が改めてお祝いの言葉を投げかけてくるのに、一夏は頬をひきつらせた笑顔で応じた。本音の顔には悪意の欠片など少しもない。当然であるが、本音だけではなくここにいる一部を除いた殆どの生徒にもそんなものはなかった。だが、今の一夏にはこの『織斑一夏、クラス代表就任おめでとうパーティー』が自分を皮肉っているとしか思えない心境にあった。誰かが自分を皮肉るために、こんな悪意に満ちたパーティーを催したのではないか。そんな考えが頭の中をぐるぐると行き来していた。
 一夏がなぜそのような考えに支配されているのか、というのは深く説明するまでもなく、先日行われたクラス代表決定戦に由来する。その結果はやはりというか、結局というか、軍配はセシリアに上がった。代表候補生であり、第三世代型の専用機を持つセシリアからしてみれば、至極当然の結果であるといえよう。玄兎という予想外のアクシデントはあったものの、最終的には予定通りであったことに変わりはない。そうなると、クラス代表はセシリアということになるはずだったのだが、どういう因果かセシリアはその試合が終わったすぐ後、クラス代表の座を辞退したのである。現実とは何があるかわからない。セシリアの突然の心変わりともいえる行動によって、織斑一夏は晴れて一年一組のクラス代表に選出されたのであった。
 当然、これは一夏側にとっては吉報である――――はずだった。
「俺は……負けたんだぞ」
「受け入れろ。これが結果なのだから」
 未練がましい一夏の発言に隣の席に陣取っていた箒が、憐れむような視線を一夏に向けた。箒はなぜ一夏のテンションが低いのか、その理由を知っている。ゆえに今現在の彼の気持ちは理解しているつもりだ。だが、その気持ちを理解したところで、箒にはこの現実を変えることなどできない。「諦めて、現実を見ろ」と諭すほか今の箒にできることはなかった。
「クラス代表ってのが、そんなに嫌なの? あんたは」
「鈴か。嫌ってわけじゃないが、なんか納得しないっていうか、なんていうか」 
 テーブルに所狭しと並べられた豪華な料理(といっても、すべて食堂で作られているものだが)を自身の取り皿に取り分けてきた鈴音が、不思議そうな表情をして一夏に言った。「そんなに嫌なら一夏も辞退しちゃえば?」とはおくびにも口に出さない。鈴音は一夏とは小学四年のころから中学二年までの付き合いで、当然ながら姉の千冬の存在も知っている。鈴音の親が経営している中華料理屋に姉弟揃って来ていたぐらいだ、単なる顔見知り以上の親交はあった。だから、わかる。あの千冬が、嫌だ、という理由だけで簡単には首を縦に振らないであろうことを。そして、一夏がそのことを重々承知であることも、長い付き合いの鈴音には分かった。
 一夏の要領を得ない返答に鈴音は眉をよせ、「何がよ」
「負けたのに、こうやって祝ってもらっているのってさ、こう……さ」
 一夏は何かを伝えようと身振り手振りを交えて話を進めてくれるが、彼の胸の内にあるもやもやを表現するには彼の表現力は低すぎた。おかげで鈴音も箒も、訝しむような表情で一夏を見ている。
 そんな一夏に助け舟を出したのは、意外な人物だった。
「要するに、負けたから自分にはその権利はない……そう言いたいのですわ、その殿方は」
 テーブルを挟んだ向こう側、呆れ顔で立っているセシリアは深々とため息をつくと皿を持ったまま鈴音の隣の席を陣取り、ゆっくりと腰を下ろした。座る場所はほかにいくらでもあるだろうに、なぜにここなのだろうか。鈴音のそんな考えが顔に出ていたのか、セシリアが「ここに座ったのは偶然話が聞こえたからですわ。深い意味なんてありません」と興味なさげに皿に盛られているローストビーフを食べた。鈴音が改めて周りを見ると、なるほど一夏がいるこの席一帯が箒や鈴音以外誰も座っていないのに対し、その周りの席にはこちらを興味深そうに見つめる視線で埋め尽くされている。察するに、一夏と一緒に食事をしたいがいざするとなると恥ずかしい、といった具合なのだろう。なんとも乙女チックなものね、と鈴音は内心呟いた。
「このわたくしに敗北を喫したのに、なぜ自分は祝ってもらっているのか。貴方が考えていることは、そんなところではありません?」
 そう訊かれて一夏は、うーん、と唸った。この複雑な気持ちを表現するには、ちと足りない気もするが概ねその通りなのである。なまじあの試合に負けた悔しさがある分、このパーティーに抱く感情というものはそれに嬉しさが混じってぐちゃぐちゃにされたような複雑すぎる姿をしていた。クラス代表になるのは嫌ではないが、本当に自分がなっていいのか。セシリアのほうが、玄兎のほうが適任ではないのか。祝ってもらえてうれしいという気持ちも当然あるが、それと同時にそんな「何か違うのではないか」という疑問もあった。
「あえて一言言わせてもらいますと…………あまり自惚れないでくださいます?」
 セシリアの一言に一夏は背を思わずぴしゃりと伸ばした。彼女の言葉がまるで背中を思いきり叩くように、一夏の中に響いた。
「わたくしが辞退した理由は、最初の試合で引き分けという不甲斐ない結果を残したからです。専用機と訓練機、見るからにハンデがあったあの戦いでわたくしは自分の身の丈を思い知らされましたわ。ですから、戒めという意味も込めて辞退したのです。量産機に引き分けた専用機というのはいい恥さらしにしかなりませんからね」
 自嘲するように肩をすくめる。
「それにすでに気づいているかもしれませんが、あの赤神というお方は貴方との試合のとき、明らかに手を抜いていました。最初の時とは動きが大違いでしたから、すぐに気づきましたわ。貴方があの試合勝てたのも、彼がどういうわけか手加減して臨まれていたからにすぎません。専用機持ちで、かつ代表候補生であるわたくしを追い詰めておきながら、ド素人の貴方にあの方が負ける道理なんてそれ以外あり得ませんわ」
 その話を聞いた箒は一人納得していた。どうせあの人の事だから、クラス代表にはなりたくない、という小学生並の理由で一夏に勝ちを譲ったのだろう。あの時は舞い上がっていて、その可能性にすら気づいてはいなかったが、よくよく考えると彼の考えそうなことではあった。
「そもそも、貴方はあれが初めての試合。負けるのは当たり前ですわ。それを少しばかり奮戦したからといって、皆さんが祝ってくれている席で悩むなど、馬鹿すぎて話になりませんわ」
 最後のほうは面倒になってきて早口で捲し立てた。その声に苛立ちや怒りといった感情は含まれていない。ただただ事実を述べているだけといった風だった。
「………………そうだな」
 セシリアの発言から少し間をおいてから、一夏が独白するようにぽつりと言葉をこぼした。そして、唐突に自分の両頬を自分の掌で二、三度力いっぱい叩いた。じんわりと広がる頬の痛みを感じながら、一夏は大きく息を吸い込み、吐き出す。
「そうだよな。セシリアの言う通りだ。折角みんなが開いてくれたパーティーなんだ、主役の俺がそんなことでうじうじ言っていたら、台無しだよな」
 自らに言い聞かせるような物言いだった。
 確かに自分はセシリアに負けた。それは圧倒的な経験の差からくるもので、玄兎とセシリアの試合の時のように機体のスペックに差が殆どない分、悔しさは大きかった。だが、それは至極当たり前のことでもあるのだ。経験者と初心者が勝負して、初心者が負けるのは当然で、逆に勝つことのほうが珍しい。さらに一夏はその日が初めてのISによる試合だったので、なおさらだった。
 あの日、一夏の試合を見ていたギャラリーは彼にこんな評価を一様に下していた、初心者にしてはいい動きをしている、と。通常ならば空中で動き回ることでさえ初心者には四苦八苦するはずのISを、危なげにだが乗りこなしていた一夏は、どちからといえばその操縦技術は上手いほうである(飽くまでも初心者としてだが)。だから、ここにいる一年一組のクラスメート他数十名の中は、一夏がセシリアに負けたという印象よりも、一夏が専用機持ちの代表候補生相手に「奮戦」したという印象を持っている者が多い。
 セシリアはそういった一夏と周囲の認識の差というものに気付いていた。だから、あえて「うぬぼれるな」という辛辣な言葉を使い、注意を促したのだ。野球を始めたばかりの素人ピッチャーが、いきなりプロのバッターに敵うはずがない。結果は最初から見えており、一夏の場合その結果に行き着く途中がよかった、と評価されているのである。だが、勝利を得るにはまだまだ遠い位置に一夏はいる。ここからどれだけ勝利という可能性に近づけるかは、彼の努力次第だ。今の段階では話にならないどころか、お粗末にもほどがあるが、それそれで伸びしろがあるという意味にも捉えることができる。要するに、可能性はあるが、それは飽くまで将来の話であり、現時点で一夏がセシリアに勝てる可能性などこれっぽっちもないというわけだ。
 悔しいとはつまり、勝てたかもしれない、という期待の表れであり、一夏はまだ「負けたから、悔しい」そんな領域にすらいないのである。
「あれ、ところで玄兎はどこにいるんだ?」
 不意に玄兎のことが頭に浮かび、一夏はきょろきょろと食堂を見回した。しかし、玄兎の姿はどこにも見当たらない。こういう食事が出るイベントごとには必ず出席してそうな彼だが、何か用事でもあったのだろうか。
 そんな一夏の疑問に答えたのは、隣で黙々と料理を食していた箒だった。
「ああ、玄兎さんなら今頃反省文を書いているころではないか?」
「反省文?」
「どうせ、試合で手を抜いたことを咎められたんじゃないの? 千冬さんになら、あいつが手を抜いたことぐらいわかっただろうし」
 鈴音がどうでもいいという風な態度で推測する。どのみち、玄兎はこのパーティーには参加できないらしい。
「まぁ、参加できないやつのことなんてほっとけばいいのよ」
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