IS〜インフィニット・ストラトス〜死神の黒兎

□横暴と空腹
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はぁ……酷い目にあった」
 屋上で一人ため息をついているのは、玄兎だ。この季節にしては少し肌寒い風にさらされている屋上で、玄兎は一人でぼうっと空を見ている。
 彼がここにいるわけは単なる偶然だが、なぜこうも沈んだ表情をしているのかはいくつかの理由があった。


 四時限目の授業は一般科目である国語だ。教壇には一年と二年で国語を担当している秋庭という教師が立ち、弁をふるっている。
「はぁ、お腹すきましたね〜。なんで、この時間帯なんでしょうか、私の授業。あ〜、やだ」
 ――――――とはいっても、決して熱弁というわけではない。
 この秋庭という教師はどうやら腹をすかしているらしく、先ほどから「お腹が減りましたね」などと言って授業が脇道にそれてばかりだ。
「先生、真面目に授業を」
「先生! 愚痴を言うなら、さっさと授業終わらせて昼飯にしましょう!」
「いいアイディアですね、赤神君。でも、残念ながら私も教師という立場ですので、授業を放り出すと怒られちゃうんですよね……。特に織斑先生あたりとかに」
「また、あの人かぁ…………!」
 玄兎が悔しそうにうなだれる。
 秋庭の授業が脇道にそれてばかりなのは、何も彼女のせいだけではない。彼女の発言に一々食いつく輩が弱冠一名ほどいるからだ。その一名が秋庭の戯言をさらに関係ない話へと広げていってしまう。真面目に授業を受けたい生徒としてははた迷惑な話である。
 千冬がいた三時限目までの玄兎はやけに静かだった。真面目に教科書を読むわけではなければ、ノートをとるわけでもない。ただただ、魂の抜けた抜け殻のように椅子に座っていただけだ。時折、千冬に拳骨をくらっていたがそれ以外大したことはしていない。だが、今はどうだろう。千冬がいなくなった途端、生気を取り戻したとばかりに生き生きとしだしたではないか。まるでうっぷんを晴らしているにも見える。
「では、次の行を……谷本さん読んでください」
 きちんと授業を進め始めた秋庭を見て、玄兎はがっかりするような表情をした。自分に考え方が似ているこの教師ならば、うまく言いくるめることができるかもしれない。そう思ったのだが、さすがに無理があった。
 秋庭も何かと愚痴をこぼしてはいるが、授業はきちんとやっている。内容も面白く、わかりやすい。愚痴をこぼし、時折見せる怠惰な表情や言葉を除けば、彼女もよい教師なのだ。いくら口でだるいと言っていても、教師本来の職務である授業を放り出すような真似を秋庭が犯すはずがない。
 目論見が外れ、玄兎はますます気怠い気分に襲われた。授業が終わるまで残り十分と少しだけなのだが、この時間が玄兎には一時間以上にも感じられる。終わりそうで、終わらないこのまどろっこしい感覚はいつ体験しても慣れないものだ。
 昼休みを告げるチャイムを今か今かと待ち続けること数分、待ちに待ったそれが鳴り響くと玄兎は勢いよく立ちあがった。楯無に前々から聞かされていた伝説の“食堂”に直行するためだ。
「赤神はいるか?」
 さぁ飯だ、と言いながら玄兎が駆けだそうとしたとき、教室の入口のほうから玄兎を探す声が聞こえてきた。その人物を見て、玄兎が顔をしかめる。なぜ、こんな時に限って彼女はやってくるのだろうか、実にタイミングが悪い。
「……なんですか、織斑先生」
 ぶすっとした表情で玄兎が返事を返す。
「少し話があるんだが、ちょっと来い」
「嫌です。俺は今から大事な用が」
「御託はいい。さっさと来い」
「ちょっ、そこはつかまないでくださいよ! ちょっと!? 俺は食堂に行きたい――――――嫌だ嫌だ嫌だぁあ」
 食堂へと急ごうとする玄兎の首根っこをつかみ、千冬が強引に玄兎の進路を食堂から職員室へと変更させようとする。駄々をこねる子供のように抵抗する玄兎だが、さすがに千冬の腕力にはかなわないようで、されるがまま、職員室へと連行されていってしまった。



 職員室へと連行された玄兎は、入ってすぐ千冬の前で正座をさせられていた。
「職権乱用、暴力……どれも教師のやるようなことではないですね……はぁ」
「お前の溜息を見ていると、なぜだか殴りたくなってくるな」
「そういいながら、こぶしを振り上げるのはやめてください……!」
 頭めがけ振り下ろされたこぶしを間一髪のところで受け止めた玄兎が、そう反論する。いくら今の世の中が女尊男卑とはいえ、この仕打ちはあんまりだ。
 千冬の横暴さに呆れながら、玄兎は彼女の腕を横へ受け流した。
「ちっ!」
「生徒に受け流されたぐらいで舌打ちしないでください」
「次は関節技でいくか……」
「おいこら! 今、聞き捨てならん言葉が聞こえてきましたよ!?」
「おお、すまん。つい考えていたことが口に出てしまった」
「誰だ! このおっかない人間を教師にしたのは!」
 秋庭といい千冬といい、普通の教師ならば言わないようなやらないようなことまでやってしまう教師というのは果たして教師としてどうなのだろうか。玄兎としては、そのあたりを今一度ゆっくりとIS学園の学園長と話をしてみたい。
 玄兎が学園長との対談計画について考えていると、千冬が小さな溜息をつきながら玄兎を見た。
「さてと、そろそろ本題に移るか。私は昼食もあることだしな」
「俺もあるんですがね」
「用というのはほかでもない。急ぎで追加の書類を書いてもらいたい。できれば、今日中に」
「書類ですか……?」
 玄兎が怪訝そうにつぶやいた。入学までに書かなければならなかった書類は昨日のうちにすべて提出済みだが、何か手違いでもあったのだろうかと心配になってくる。
 ここIS学園は世界にたった一校しかない、IS操縦士の育成を目的として教育機関だ。そこに男子である玄兎がひっそりと入学してくるとなると、それはもう膨大な量の書類を書かなければならない。学園関係の書類に加え、政治関連や軍事関連などなど、もはや玄兎の脳味噌では処理しきれないほどの量であった。
 あんな思いは二度としたくない、というのが玄兎の偽らざる本音だ。更識姉妹か紅い兎の皆が協力してくれれば、もう少し玄兎の負担も軽かったかもしれないが、前者は入学前の準備で忙殺されておりとてもじゃないが駆り出せる雰囲気ではなかったし、後者は言わずもがな相手にされなかった。
 紅い兎のメンバーはもともと、紅い兎にいる理由としてそれぞれ確固たるものがある。長い期間一緒にいるため信頼感は抜群だが、それ以外となると案外あっさりと裏切ったりする連中だ。紅い兎として厄介ごとに巻き込まれるならまだしも、玄兎個人が持ってきた厄介ごと――――それも書類の処理という地味なうえにきつい作業を自ら進んで手伝ってくれる者など、あの中にはいない。たとえ手伝ってくれとお願いしたとしても、無理であろうが。
 一人で昼夜問わず書きまくって、一週間近くかかったあの書類のことを思い出すと今でも頭が痛くなる。
「これがその書類だ。ざっと、二十……いや、三十枚といったところか」
「うわぁ……」
 玄兎が思わず書類から目をそらす。前と比べれば大したことない数だが、それでも多いものは多い。これだけの量を今日中に終わらせなければならないというのは、いささか酷なことではなかろうか。
 早くも絶望感にさいなまれ始めた玄兎を見て、千冬は肩をすくめた。
「そう落ち込むな。なんでも、一人でやれと言ってるわけじゃないんだ。放課後に更識姉あたりにでも手伝ってもらえ」
 そういって千冬は立ち上がると、さっさと職員室を出てどこかへ行ってしまった。大方、昼食をとりに食堂へ行ったのだろう。
 一人残された玄兎はのそのそと立ち上がり、退出時のあいさつもせず重い足取りで職員室を出た。
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