IS〜インフィニット・ストラトス〜死神の黒兎

□教師と女と紛う顔
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「そう。だから、くろむーは会長と一緒にいたんだねー」
「あ、うん。てか、くろむーって呼ぶのね、俺の事」
「えへへ。おりむー、とくろむーってなんだか響き似てるよねー」
「おまえが似せたんだろうが」
 ずるずるとそばをすすりながら、玄兎は呆れ声で言った。場所は食堂である。現在の時刻は七時を半刻ほど過ぎたころで、ちょうど夕飯時だ。楯無と共同で作業をしていた書類処理は今より三十分ほど前に終わった。量にしては内容は軽薄で、さほど書くのに時間はかからなかった。逆に、そのあとに付き合わされた生徒会の書類のほうが時間を食ったくらいだ。
「にしても、ざるそば美味いなぁ。次々と食える……おかわりっと」
「まだ食べるんだねー……そんなに食べて太らない?」
 玄兎の隣に座り、楽しそうにうどんを食べている布仏本音が少しばかり羨ましそうな視線を向けながら言う。ぶかぶかな制服に間延びした喋り方が特徴的な彼女だが、その特徴故かどうも間抜けそうな印象を受ける。そのため、先の発言も玄兎には本気でそう思っている≠謔、には見えなかった。どちからといえば、その場の雰囲気や流れといったノリ≠ナ発言しているのではなかろうか、とさえ思えてくる。
 と、そんなクラスメートについて考察をしている片手間にも玄兎は次で七杯目となるざるそばを口に運んでいた。つい二時間ほど前に楯無の手作り弁当を平らげたばかりだが、食欲が人一倍強い玄兎にとってこれぐらいのことは比喩ではなく、朝飯前だ。
「はぁはぁ……なんとか間に合った」
 玄兎が十杯目のざるそばを完食し終えたころ、食堂の入口に猛烈な速度で突っ込んでくる人影があった。少しだけほっとしたような表情を浮かべている一夏だ。息をきれているところを見ると、かなりの速度で走ってきたようだが何かあったのだろうか。玄兎が頭の隅でそんな考えを浮かべていると、一夏もこちらの存在に気付いたようで「お、玄兎もいたのか」と歩み寄ってきた。
「おりむーどうしたの? そんなに焦って、何かあったー?」
 本音の言葉に一夏は困ったような表情で、
「色々と」
 とだけ言って、踵を返してしまった。どうやら夕食を注文しに行くようだが、気のせいか踵を返す際顔が赤かったようなにも見えた。本当に何があったのだろう。
「あれ、お前箒と一緒じゃなかったのか?」
 山盛りに置かれたそばの器を片付けながら、玄兎は何気なく思っていたことを口にした。箒の事だから当然一夏と一緒にいるとばかり思っていたが、彼の様子から察するにどうやらそうではないらしい。「喧嘩でもしたんか? あれは束に似て怒らせると、厄介な女だぞー」
「束さん? 玄兎、束さんと知り合いなのか?」
 夕食の焼き魚定食を持って玄兎たちの席へとやってきた一夏が、意外そうな顔で言った。「おう。あいつとはかれこれ二年以上の付き合いになるな。あれ、三年だったけか……?」と、いつのまに持ってきていたのか、食後のデザートであろう杏仁豆腐(三人前)を食べながら、玄兎は首をかしげた。はて、いつほどから彼女と一緒にいるのだろうか。考えたら、かなり長い時間一緒にいるような気もするが、正確にはと言われると玄兎としても答えに窮する。彼女と初めて出会った時のことは覚えている。が、どういうわけか玄兎には束とそれよりも前にも一緒にいた、というような感覚があるのだ。つまり、デジャブがある。一夏の何気ない問いかけで、それが玄兎に起こった。――――――あれ、昔こういうこと一夏に言われなかったけ?
「まぁ、とりあえず知り合いだ。うん」
 頭の中にはまだもやもやとしたものが残っているが、玄兎はそこで思考を止めた。それを今考えたところで、恐らくだが答えは出ないだろう。なら、今は目の前のことをやった方がいい。玄兎はそう考え、二杯目の杏仁豆腐へと手を伸ばした。
「それでそれで、おりむーはなんで喧嘩したのー?」
「あれ、のほほんさんいたの?」
「地味に酷いよー、それ!?」
 本音としては脱線しかけている話題を元に戻そうとしていただけで、このような反応は予想していなかったのだろう。本当にショックを受けたような表情を浮かべていた。
 そんな二人をよそに玄兎は黙々とデザートを食べ進めている。そして、最後の杏仁豆腐を食べ終えると、「ふぅ、食った」とため息を吐いた。
「うんで、喧嘩したのか? それとも他にあいつを怒らせるようなことでもしたのか?」
 一夏が箒を怒らせたということはすでに玄兎の中では前提としてあるらしい。
「…………なぁ、この話題やめないか」
 一夏が何やら困り顔でそう呟いた。どうやらこの話題は彼にとって触れられたくないものらしい。
 それを見た玄兎がやや面白なさげに、「ちぇー。せっかく、一夏君の弱み握れるとか思ったのによー」と唇を尖らせて言った。どうも玄兎との思惑としては、ここで一夏の弱みの一つや二つを握って、千冬への対抗手段としておきたかったらしい。世界で一番多く彼女と接している身内ならば、彼女の弱点ぐらい知っていると思ったのだろう。
「じゃあ、俺はこの辺で戻りますか。寮の部屋もどこか聞いてないし、鍵貰ってこねぇと」
 立ち上がり、空となった容器を返却口へと置くなり玄兎はそう言った。そういえば、今日提出だと言われていた書類をまだ生徒会室に置きっぱなしだったことを玄兎は思い出した。千冬に出すのは夕飯を食べてからでも遅くはないだろう、と思い生徒会室を出てくるときそのまま置いてきていたのだ。どうせなら、それを提出するついでに寮のことについても聞いておこう、と玄兎は少々早足に食堂を出た。
「あ、くろむー! 私も行くー」
 
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