IS〜インフィニット・ストラトス《蒼き月の輝き》

□とある午後の昼前
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 ウェイトレスが運んできた水を一気に飲み干すと、もう一度コップに水を注いだ。
 午前十時四十分。昼食の時間というわけでもなく、ましてや朝食をとるには少し遅い時間。そのためか店内は閑散としていた。

「にしても……あの人は何考えてんだ?」
 
 弾がいう『あの人』というのは、恐らく先輩――――瀧岸玲奈《たきぎしれな》のことだろう。文武両道、才色兼備。彼女を一言で表すのにこれほどピッタリな言葉はない。成績は常に上位をキープし、少し大きい繁華街を歩くと何度かスカウトされるほどのルックス。中学の時に告白された回数は数えきれない。さらには何かの武道を嗜んでいるらしく、俺程度だと手も足も出ない。
 だが、美しい花には棘がある、と言うように先輩にもまた鋭く尖った棘があるのだ。しかも毒付きの。
 先輩は普段から寡黙な人で自分から積極的に話そうとはしない。相手側から話しかけられても無愛想な相槌を打つだけ。それに大人びた雰囲気も相まってか近寄りがたい存在となってしまっている。人付き合いが苦手だと、本人は語っていたが俺には単なる「苦手」ではないようにも思える。まるで、避けているかのような、そんな印象を受けるのだ。
 無愛想で誰も寄せ付けようとはしない先輩だが、一部の男子からは根強い人気がある。逆に同性からの印象はあまりよろしくない。今朝の図書館での一件でも言えるように、先輩のことを疎ましく思っている人は少なくはない。現段階では仲裁に入らなければいけないほどではないので、心配はないだろう。
 と、そんなことは置いといて……。弾が何を言いたいのか、全てを言わなくとも察することはできた。
 先程、つい三十分ほど前に先輩に告げられたある「指令」。それが今の俺たちのテンション及び気力を喪失させている原因となっている。

『転校生を文芸部に入部させること』
 
 これが先輩から下された「指令」の内容だ。勧誘しろ、ではなく入部させろである。そもそも文芸部が廃部の危機に陥っている一番の原因は文芸部という部活の人気低迷にある――――そもそも、人気があったのかどうかは分からないので、低迷と言えるのかどうかは知らない。藍越学園文芸部は活動目的が不鮮明だ。野球部の甲子園みたいな目標とするモノもなく、料理部や科学部のように何かを作り出すわけでもない。先代はこれあまり重大な問題と捉えていなかったのだろう。それがこの部活を『廃部』という崖の端まで追い詰める結果となることも知らずに。勿論、俺と弾が加入したところでその崖っぷちが回避されるわけもなく、新入部員にも関わらず勧誘に駆り出されたことは、ある意味いい思い出だ。
 そんな部活に右も左もわからないであろう転校生が、果たして首を縦に振るであろうか? 答えはノーだ。誰が好きこんでこんな廃部寸前の意味不明な部活に入るものか。弾はどうなのかは知らないが、少なくとも俺は違う。俺が文芸部に入った理由は――――――――――まぁ、色々とあったからだ。
 複雑そうで単純な理由がこの「部員確保」をより一層難しくしているのは誰の目から見ても明らかだった。

「転校生を入部させろって言われても、そいつがどんな奴かも分からない状態でどうしろっていうのかねぇ?」
 
 弾が呆れたような声でそう言った。
「もしかしたらとびきりの美少女かもしれんぞー」
「ははっ、だったらいいのになー」
 
 正直、どうでもいい気分だった。転校生が男であろうが、女であろうが先輩は「一応」入部させるだろう。そして、その部員が先輩の身勝手さについていけず退部する。そんな未来が想像できて、少しだけ……寂しい気持ちになった。もしも「彼女」がいれば、先輩が学校で孤立することもなかったかもしれない。文芸部が陥っている危機的状況も脱することも可能だったかもしれない。そんなことをふと思ってしまい、そして自然とため息が漏れ出た。未だ二年前のことを未練がましく引きずっているなど、何とも恰好が悪いことか。
 不要な思考を頭の隅に追いやり、先ほど運ばれてきた巨大パフェに目を向けた。弾が何気なく注文したこのパフェは全長五十センチ、しかもその半分が容器からはみ出ているクリームと果物なのだ。今にも崩れ落ちそうなそれは『期間限定新生活応援キャンペーン』と題されたこの行事用に作られたものらしい。

 
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