IS〜インフィニット・ストラトス《蒼き月の輝き》
□物語はついに幕を上げる
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あの奇妙な二人組が階段を駆け足で降りていくのを呆然と見ていた時雨は、しばらくしてハッと気づいたように上を見た。嫌な予感が脳をよぎる。十数年という人生の中で育まれてきた彼女の第六感が、何か異常事態が起こるかもしれない、と警告を発していた。
直後、頭上から耐えがたい轟音と熱風が時雨を襲った。
「……くっ!」
飛び散るガラスの破片が頭上から降り注ぎ、時雨のいる非常階段へと落ちてくる。爆発したのがここから近い階であったせいか、空気が熱い。
時雨は降り注ぐガラス片から頭を守りながら、頭上を見上げた。一つ上の階で爆発が起こったようだ。爆発した階である四階は、黒煙がもくもくと立ち上っているが、どうやらそこまで爆発の規模は大きくなかったようで、時雨は安堵の溜息を洩らした。規模がもう少し大きかったら自分まで巻き込まれていた可能性があったのだ、さすがに年頃の少女である時雨も心臓の動悸は早くなっている。
手に刺さっているガラス片を見ながら、時雨は顔をしかめた。刺さったのガラス片が少量なのは幸いだったが、それでも健康的な白い肌を真っ赤な血が濡らしているこの光景は正直自分のでも見たくはない。
「それにしても、やっぱり爆弾というのは綺麗だねぇ……。いつ見ても美しいよ」
声が聞こえた。聞いているだけで妙に苛立ちを感じる声だ。
時雨が顔を上げると、そこにはフードで顔を隠した痩躯の男が立っていた。ひょろりとした体躯も相まってか飄々とした雰囲気を漂わせている。
フードの奥から覗く男の瞳がぎろりと時雨を睨む。何の感情持っていないような不気味な眼だ。
「ところで君はなんでこんな場所にいるのかな? 確か、中にいた人は全員人質にしていたはずだけど……」
「あなたに教える義理はないわ、テロリスト」
時雨が吐き捨てるようにして言う。この喋り方と相手を見下したようなふざけた態度は間違いない、テロリストたちを仕切っていたあの男だ。
男は時雨の態度を見ると、大袈裟に肩をすくめやれやれと首を横に振った。
「もう、そんなに敵視することないじゃないよ〜。それにともなに? その腕の傷気にしてる? それはごめ」
「うるさい。黙れ」
静かな怒りがこもった声が時雨から発せられる。警戒するように時雨が態勢を低く、手に持つサバイバルナイフを構えた。
「おぉ、怖い怖い。さっきの二人組といい、今日はすごい日だねぇ。女の子と戦うなんて、人生でも滅多にないのに」
何がおかしいのか男は腹を抱えて、必死に笑いをこらえる仕草をする。
それを見て、時雨は動いた。なかなか隙を見せなかったこの男にようやく隙らしい隙ができた、この一瞬を逃すわけにはいかない。
鈍く光るナイフの刃が男の喉元めがけ、一直線に進んでいく。だが、ナイフは無情にも空を切った。男が間一髪のところで時雨の攻撃をよけたのだ。突きを難なくかわされた時雨の視界が反転する。そして、次に時雨が見たのは、不気味な笑みを浮かべながらこちらを見下げている男の顔だった。
「いっ……!」
「いきなり斬りかかってくるなんて、非常識にもほどがあるよ〜、君。僕がもうちょっと反応が遅かったら、僕死んでたよ?」
そう言って男は作り笑いを浮かべた。それを見た時雨が恐ろしさに身震いするほどの、不気味な笑みだ。まるで無機質のような、冷たい表情である。
時雨から奪ったナイフを興味深そうに眺めながら、男は言う。
「でも、別にそれそれで楽しそうだからいいっか。死ぬのは御免だけど、臨死体験はしてみたいなぁ……」
「お前……何を言って」
「っと、無駄話が過ぎたね。じゃあ、僕はおいとましようかな〜。あの子たちも追いつてきちゃうかもしれないし」
男が大きなため息を吐く。だが、その表情はどことなく嬉しそうだ。まるで玩具を目にした子供のような笑みを男は浮かべている。
「あ、このナイフは返すよ。いいナイフだから、大事に持っておくといいよ」
不意に男がそういって手に持っていたナイフを無造作に放り投げた。からん、と音をたてナイフが踊り場に落ちる。ナイフが落ちたのは時雨から少し離れたところだ、手を伸ばしてもあと少し足りない。
時雨が歯噛みする。
「あはは。じゃあ、またね。君とはまた会いそうな気がするよ、バイバ〜イ」
相変わらず苛立ちを覚える声と口調で男はそう言う。それを見て、時雨は今すぐにでも体の自由を取り戻し、この男を警察に突き出したいという衝動に駆られた。この気味の悪い笑顔を早く絶望の色へと染めたい、そんなどす黒い感情が時雨の中で湧き上がっている。それほどこの男の雰囲気、声、口調、表情は人を苛立たせる――――――――決して、時雨の性格が悪いわけではない。
男が時雨を押さえ付けている腕の力を緩め、後ろへと飛退いた。