IS〜インフィニット・ストラトス《蒼き月の輝き》

□何かが始まる雨の今日
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 窓から見えるあまり変わり映えしない景色を眺めながら、俺は呻いた。
「きつい…………」
「頑張ってくださいよ、御主人!」
 ぐったりと座席の背もたれに寄りかかっている俺に、アオが隣で励ましの言葉をかけてくる。励ましてくれるのはありがたいが、正直うるさい。月曜の朝だというのに、なぜにこいつはこうも元気なのだろうか。
 普通、学生にとって月曜日というのは気怠いものである。土、日曜日と休日が続き、体が休日モードに入りかけたときにやってくる悪夢の日――――――それが月曜日なのだ。それなのに、こいつときたら当事者ではないからと、月曜日も水曜日も土曜日も祝日もお構いなし。テンションマックスで接してくる。おかげで俺は毎日疲労困憊だ。
「頑張るっていうけども……昨日はろくに寝てねぇんだよ。姉貴にこれでもかと説教を食らったし、土日の宿題まだ終わらせてなかったし……この前の反省文書いてなかったし」
 昨日の夜。仕事から帰ってきた姉貴に俺はこれでもかというぐらい、こってりと油を搾られた。説教内容は主に「むやみやたらに危険なことをするな」という主旨だったが、そればかりは俺だけではなくマドカも同罪だと思う。というより、あの脱出作戦を考案したのは俺ではなくマドカであるために、主な責任はマドカにあるのではなかろうか。確かに、それに参加した俺にも少し責任はあるだろうが、それでも三時間は長すぎる。
「そればかりは、自業自得です」
「姉貴のやつは理不尽だった」
「日ごろの行いが悪いんですよ」
 アオがいつとなく真剣な眼差しできっぱりと断言した。思わず、苦虫をかみつぶしたような表情になる。いくつか反論の言葉が喉元まで出かかっていたが、それらを俺が口にすることはなかった。ふざけているような表情だったらともかく、こういう真剣みを帯びた表情でそう言われるとどうも反論がしづらい。
 その時、ふいに胸のあたりに妙な気持ち悪さを覚えた。この吐き気がするようで、しないようなもどかしい不快さは確実に車酔いだ。昨日の疲れがまだ残っていたせいか、いつもなら酔わないような距離で車酔いを起こしたらしい。眠気と吐き気が混同し、いつも以上に気分が悪くなってきた。
「ほら、しゃっきとしてください。そんなだらしない顔をしているから、陰で根暗男≠ニか根性なし≠ニか女子に言われるんですよ?」
「俺そんなこと言われてるのかよ……!?」
 初耳だ。というか、百歩譲って根性なしは許容するとして、根暗男は違うだろ。俺のどこが根暗だ、どこが。
 そんな俺の心情を察しでもしたのか、アオが「大丈夫ですよ」と唇の端を大きく吊り上がらせ言った。
「御主人には私がいますから、ほかの女の言うことなんて気にしなくても全然大丈夫です!」
 アオがない胸を張り、自身たっぷりに言った。
 彼女の言いたことはつまり、俺にはアオがいるからほかの女性からはモテなくても別に全然いい――――――ということだろうか。それは遠回りにプロポーズにしているようにも聞き取れるが、今は気に留めないでおこう。アオがプロポーズ紛いなことを言うのは別段今日に限った話ではない。そんなことに一々反応していたら、逆にこちらの身が持たないというものだ。
 それにアオは俺の彼女というわけではないので、女性にモテないとなるとそれはそれで困る。俺も一応男子高校生で、彼女の一人や二人欲しいと思う年頃なのだ。
「それにしても、今日は一段とバスが混んでますね。もう少し多かったら、アオの座るスペースが誰かに取らちゃいそうです」
 アオが物珍しそうにバス内をぐるっと見回す。アオの言う通り、今日はいつもと比べてバスに乗車してくるお客が多い気がする。ちらほら藍越学園の制服を来た人たちを見かけるが、あまり知らない顔ばかりだ。バスというのは奇妙なもので、いつも同じ時間帯に乗り込んでいると大体乗り合わせている乗客はある程度固定されてくる。これは運行ダイヤルがきちんと定められているバスや電車などの交通機関だからこそ、あり得る出来事だ。時間にある程度縛りがある学生や会社員は、よく同じ時間に同じ場所でこの種の交通機関を利用するし、バスや電車が停車する場所は限られているから、なおさら時間帯によって客が固定されやすいのかもしれない。
 頭の片隅でぼんやりとそんなことを考えながら、俺は窓の外に視線を向けた。車酔いしたときは外の景色を眺めていると、治りはしないもののだいぶ楽になるのだ。
「隣、いいですか?」
 バスが次の停留所に停車し、しばらくして横からそんな言葉が聞こえてきた。振り向いてみると、そこには俺と同じ藍越学園の制服に身を包んだ一人の女子生徒が、にっこりとした笑顔で立っていた。端正な顔立ちに幼さを残しつつも、雰囲気や仕草からは大人の色香を漂わせるなかなか美人な女性だ。思わず見とれてしまうほどである。
「あ……い、いいですよ。どうぞ」
 若干、ぎこちない喋り方だったが何とかその言葉を絞り出すことができた。そもそも異性とのコミュニケーション能力が低い俺は、このような美人から話しかけれるとどうしても挙動不審に陥ってしまう傾向にあるようだ。昨日の金髪美女の時もそうだった。マドカやオータム相手だと難なく話すことができるのに、なぜだろうか。
 そんなことを考えながら俺はちらりと横目でアオを見た。彼女は何か気に入らないことがあるのか、「ダメです。絶対にダメです! ここは私の席なんです!」と、じたばたしながら叫んでいた。はたから見ると、どこか哀れな光景である。
 しかし、俺としてはこいつの意見に従う義理も、従う気もなかったので素直に「どうぞ」と席を譲ってあげたのだ。女子生徒は「失礼します」と一言声をかけ、アオが座っている席へと腰を下ろした。
「ふぎゃ」
 なんとも可愛らしい声を発したアオが、俺の隣で霧散するように姿を消した。そして、数秒もかからず俺の頭上で再びその姿を現す。
「なにするんですか、もう! びっくりしたじゃないですか。いきなり、目の前が人の真っ暗になるって、結構怖いんですからね?」
 俺の顔を頭上から覗くような感じで見ているアオが、頬を大きく膨らませながら言った。まだ幼さが残っている声と童顔のせいだろうか、声に多少の怒気が孕まれているにもかかわらずたいして凄みを感じない。どちからというと、怒っているというより拗ねている、と形容したほうがしっくりくる。
 そんなアオを一瞥し、俺は再び窓の外へと視線を向けた。車酔いがまだ残っている。目的の停留所である藍越学園前までは残り十分といったところだ。それまで俺はこの状態でバスに揺られなければならない。まるで苦行のようだ。
 内心、苦々しい気持ちで窓を見ていると、不意に「あれ?」とアオが声を上げた。どうしたのだろうか。
「この人、どこかで見たような……?」
 誰がだよ、と言いかけて口をつぐんだ。アオの視線の先にいる人物はすぐ横にいた。先ほど隣に座った女子生徒だ。アオはその女子生徒を訝しむような表情で凝視している。何をやっているのだろうか。俺の頭上をまるで海に流れる木片のように漂っているアオは、時折考え込むような仕草をしたかとおもうと、うぅ、と低く唸り声を上げていた。ひどく奇妙な光景だ。他人の空似ということもあるだろうし、そこまで必死に思い出さなければいけない事項なのか、これは。
 必死の形相で何かを思い出そうとしているアオをしり目に俺は再び外の景色へと目をやった。相変わらず、景色は変わり映えしない。

 
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