IS〜インフィニット・ストラトス〜死神の黒兎

□雨が降る中
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 二十一世紀騒乱。十年前、篠ノ之束が開発したマルチフォーム・スーツ――――インフィニット・ストラトス、通称ISをめぐり世界各国で発生した事件の及び暴動のことを総称してそう呼ぶ。
 当時、一介の高校生である束が開発したISは圧倒的な性能を誇っていたものの、それにかかる研究費用は莫大で、度重なる不景気により財政難に陥っていた諸国はさほど注目はしなかった。
 だが、それから三か月後に起きた《ある事件》によりISは世界中からの注目を集めることになる。宇宙開発を目的とするのではなく、兵器として。
 ISの攻撃力、防御力、機動力は既存する兵器を優に凌駕していた。たった一機……ISが一機あるだけで恐らく世界中の軍隊を一日もあれば壊滅させることができるだろう。そんな超兵器を世界中の国々が、企業が欲した。
 ――――――――だからこそ、事件は起きた。
 ISには既存の兵器とは異なる重大な《欠陥》が存在する。それはISは男性には扱えない――――つまり、女性にしか起動させることができないのだ。何故そうなるのか、それは開発者である篠ノ之束に訊かなければ恐らくは分からないだろう。
 各国はISの開発、研究を進めるのと同時に操縦者育成にも力を注いだ。機体だけが完成しても、それを操る者が未熟だと宝の持ち腐れとなるからだ。そうなると各国が考えることは一つ――――操縦者の卵である女性を優遇する政策を次々に打ち出したのだ。最初のうちは戸惑っていた人たちも、一ヶ月も経つ頃にはすっかりと馴染んだようで今では女性が男性をこき使う光景は珍しくはない。
 だが、各国が女性を優遇すると相対的に男性の扱いは決して良いと言えるものではなくなった。例えば何らかの原因で見ず知らずの女性と口論になった場合、いくら女性側に非があろうと警察は男性を逮捕する。ましてや警察官までもが女性ならば男性は抵抗するどころか、言い訳すらも許してもらえず即連行となる。
 行き過ぎた女性優遇政策、それが……二十一世紀騒乱の引き金となった。
 

  ***

「……で、その先は?」
「う〜ん……だめだ。かすれてて読めない」

 向かい側に腰かけている玄兎《くろと》がそう言うとアリサは納得がいかないような表情で嘆息を漏らした。

「あの基地にあったものだから、何か面白いことでも書いてあるかと思ったが…………期待外れだ」
「仕方ないさ。なにせ7年も前に書かれた手記なんだし」

 手に持っている掌サイズの日記帳を一通り見終えた玄兎は、そう言うとグラスに注がれた飲み物を口に運んだ。グラスを傾けながらこの甘酸っぱい緑色の液体はなんて名前だったかな、などと考えていると対面する形で座っているアリサの足元がふと視界に入った。すらりと長い脚はいつも見ても綺麗だな、などと口にしたら彼女はどのような顔になるのだろうかと玄兎は思った。顔を真っ赤にして怒号と罵声を浴びせるのだろうか、それとも恥ずかしさに黙り込むのだろうか。罵声を浴びせられるのは勘弁だが、赤面する彼女は見てみたい……。などという変な考えを振り払うように玄兎は一気にグラスの中の液体を飲み干した。

「で、あのナタなんとかというのはいつになったら来るんだ?」
「ナターシャ・ファイルスさんだ。なんでお前は嫌いな人の名前は何時まで経っても覚えないんだよ!」
「嫌いだからだ」
「即答……って、答えになってないからな、それ」

 苦笑いを浮かべながらポケットから携帯型端末を取り出し、時刻を確認する。まだ、約束の時間まで三十分近くあるのだが、待ち人であるナターシャ・ファイルスは未だ来る気配すらない。待ちあぐねているのかアリサは机の下で足を小刻みに上下させており、時折勢いよく机にぶつけては顔をゆがめている。そんな光景を見ていると思わず顔が綻んでしまい、アリサに怪訝そうな視線を向けられる。

「……何を笑っている」
「いや……可愛いなぁ、と思ってな」
「なっ……か、か、かわひぃ!?」

 玄兎の唐突な告白に顔を真っ赤にしながらも、何か言わなければと次の言葉を模索しようとするが噛んでしまった恥かしさも相まってか呂律がうまく回らない。一旦大きく深呼吸をし、暴走しかけている思考を落ち着かせる。
 ――――――こいつのことだ、言葉自体に対して意味はないはず……。
 だから、落ち着けと自分に言い聞かせながらアリサは目の前に置いてあるグラスを手に取り、それに注がれている名前も知らない飲み物を一気に飲み干す。仄かな甘酸っぱさが口の中に広がり、つい「ぷぅはぁ」と言いそうになり口を噤んだ。あと数か月で二十になるというのに、これではまるで中年の親父ではないか……。心の中でそう呟き、本日何度目かの嘆息を漏らした。
 冷静になった頭でなんとかアリサは言葉をひねり出した。

「ごほん…………殺すぞ」
「いきなり殺害予告されても困るんだけど……」

 困惑気味で玄兎がそう呟いたのと同時にウェイトレスが先ほど注文した物を運んできた。それを軽い会釈をし、受け取る。
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