IS〜インフィニット・ストラトス〜死神の黒兎

□教師と女と紛う顔
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「なるほど。だから、こんな大量の書類を持ってたのね」
 楯無が納得したように頷いた。時刻はすでに五時を回っている。校内からは午前中のような喧騒は聞こえてこず、異様なまでに静かだ。特に生徒会室があるこの階は文化部が使う教室がこれといってないため、それが顕著であった。
「それ今日中に提出だからさ、お前が手伝ってくれるとすごい助かるんだが」
 楯無の手作り弁当を頬張りながら、玄兎は楯無を見た。楯無は逡巡していた。いくら幼馴染の頼みとはいえ、こればかりは考えてしまう。この書類の処理は確実と言っていいほど面倒な作業だ。しかも、今回は楯無にとってなんの見返りも得もないのだ。これで迷うなというほうが無理がある。
 だが、楯無もそこまで鬼ではなかった。面倒とはいえ、古い幼馴染の頼みだ。それを無碍にするつもりは、彼女にもなかった。
「そんなことなら、この楯無お姉さんに任せなさい。勿論、あとでお礼はたっぷりとしてもらうけど、今日中ぐらいには終わらせてあげるわ」
「おお、サンキュー」
 厚焼き玉子を口に運びながら、玄兎は言った。
「にしても、お前料理の腕上げたなぁ。どのおかずもうめぇよ」
 依然として料理を食べる手を休めず、玄兎は感心したように言う。どれも味付けがきちんとしていて、癖がない。から揚げも下味がしっかりとついており、美味だ。それに弁当全体の栄養バランスも考えてある。玄兎が食べ盛りであるのことも考慮してか量も多めだ。玄兎としてはかなり満足する出来栄えであった。
 そんな本音を包み隠さず素直に料理の感想を述べた玄兎に楯無は、
「そ、そう……。こちらとしても作ったかいがあったというものね」
 少し照れくさそうに彼から視線を逸らした。
「ところで織斑先生から渡された書類って、いったいなんの書類なの?」
「そればっかは俺にもさっぱりなんだ。入学に必要な書類は提出したし、専用機に関するやつも書いたんだよなぁ」
 つい先日の事のように思い出すのは、あの地獄の日々だ。朝から晩まで似たような書類を何度も何度も書かなければならなかったあの時のことは、長らく忘れることはできないであろう。そんなことだから、その書類の内容も大雑把にだが記憶に残っていた。確かにあの中には入学に必要な書類も、専用機に関する書類も入っていたはずである。いまさら追加で書かなければいけないことなど、ほかに何があるのだろうか。
「入寮願書……え?」
 玄兎が昼休みに秋庭からもらい、あの膨大な量の書類を入れていた紙袋から書類を取り出した楯無が、呆然とした表情で固まっていた。どうしたのだろう、と玄兎が彼女が持つ書類を覗き込むと、そこには「入寮願書」という文字が書かれていた。
「なるほど、寮の関係か。そういえば、ここ全寮制とかいってたっけ」
 入学前の楯無の説明を思い出す。あの時確か楯無は、この学園に所属する生徒は無条件で寮生活をしなければならない、と言っていた。それは世界で二人しかいない男子生徒であっても例外ではない。「ねぇ、なんで入寮願書なんてものがあるのかしら?」楯無が不意にそう呟いた。玄兎はわけのわからないと言いたげな瞳で、
「寮に入るからだろ?」
 と純真無垢な答えを口にした。確かに、そうなのだが楯無が言いたいのはそういうことではないのだ。彼女の言いたいのは、ここIS学園は全校生徒が無条件で寮に入らなければならない≠ニいう規則があるにも関わらず、なぜ千冬は彼に入寮願書なるものを渡したのか、ということだった。無条件で、ということは言い方を変えれば強制的に、ということである。ここの生徒である限り、寮以外で生活をすることは許されない≠ニいうことと同義なのだ。つまり、ここに入学が確定した時点でその生徒の入寮は確定しているはずである。特例ではあるが玄兎も一応、ここの生徒だ。入寮はとっくの昔に確定しているはずだった。だが、入寮願書がここにあるということは、玄兎はまだ入寮が確定していないということなのだろう。願書というのは、つまり入るか入らないかを聞くためのものだ。無条件で入らなければならないのなら、そんなことを聞く必要もないはずなのに、千冬はこれを玄兎に渡した。生徒会長で学園の事には一般生徒よりも詳しい楯無にとって、それは少々疑問に思うことであった。
 だが、そんな楯無の疑問を知る由もない玄兎は空になった弁当箱を片付けながら、
「とりあえず書くか。内容はどうであれ、適当に書いて出せばあの人も文句ねぇだろ」
 そう言って、楯無の手から書類を奪い取り、机の上に広げた。そして、願書に書いてある項目を次々に埋めていく。慣れた手つきである。ものの一分もしないうちに書き上げてしまった。とんでもない早さだ。
「って、これ今すぐ出さないといけなくないか? 入寮願書ってことは、これ出さなきゃ寮に入れないってことだよな?」
「ええ、そういうことになるわね」
 楯無はつっけんどんに答えた。こればかりは楯無もこれ以外に言うことができない。千冬の意図がまったく読めない以上、彼にこれ以上の助言をくれてやることは無理だ。
 玄兎は「そっか。じゃあ、次に行こうか」と言い、紙袋から次の書類を数枚取り出し、そのうちの何枚かを楯無に渡した。書け、ということなのだろう。
「じゃあ、がんばりますか」
 腕まくりするようなしぐさをした玄兎が、気合十分といった面持ちで書類にペンを走らせた。
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