3つの恋が実るミライ♪
□10 まるでデートな逃走先?
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和食料理のお店に入った二人は、典型的な日本食料理を注文した。
と言っても、選んだのはれいかである。
ジョーカー「はぁ……こんな場所で食事など初めてですよ…」
青木れいか「ふふ…いい体験になりましたね」
ジョーカー「そもそも、ボクとしては食事自体、あまり必要としていないのですが…」
やがて注文した料理が運ばれてくる。
メインとなるのは、白飯と焼き魚。
そこに豆腐とワカメの味噌汁が並び、ちょっとした野菜分などが付け加えられていく。
青木れいか「朝食としても食べられている、日本独自の食文化の姿です」
ジョーカー「ほぉ……」
青木れいか「並びの配置にも作法があるのですよ? ご飯は左手前に、お味噌汁は右手前に。焼き魚などは、その後ろに並んで出されることが正しい作法の配置なのです」
ジョーカー「随分とお固く面倒なのですね……」
お茶の用意も整い、二人揃って昼食に手を伸ばす。
しかし、れいかが食べ始めたことに対して、ジョーカーは食べる前に苦戦を強いられた。
青木れいか「…? どうしたのですか…?」
ジョーカー「いや…その……んん? この“箸”というもの…、随分と…使いにくいですね…ッ」
ムグムグと食を進めていたれいかに対し、ジョーカーは箸を使う段階から苦しめられていた。
ジョーカー「フォークなどはないのですか?」
青木れいか「ダメですよ。日本食を食べるのであれば、しっかりと箸を使っていただかないと」
ジョーカー「むぅ〜」
青木れいか「仕方ないですね。まず、持ち方ですが……」
れいかはジョーカーの手を取って、箸の持ち方について指導していく。
せっかくの料理が冷めてしまいそうだが、この際目を瞑っておくことにしよう。
と、そんな時だった。
近くの席に座っていたお客が、れいかたちを見て微笑ましく会話している内容が聞こえてきた。
お婆さんA「仲が良いわねぇ」
お婆さんB「うちの孫と同じくらいよ、きっと」
その声を聞いたせいか、れいかは自分たちの姿を第三者視点で認識した。
今、この姿は他のみんなにはどんな風に映っているのだろう。
青木れいか「…ぁ」
そう意識した時、ジョーカーはれいかの顔に気付いてクスッと笑った。
ジョーカー「おやおや、れいかさん? アナタらしくもないですねぇ〜」
青木れいか「ぇ…?」
顔を上げた時、ジョーカーの指がそっと頬に触れた。
どうやら、先ほどまで食べ進めていた米粒の一つが、れいかの頬に付着したままだったようだ。
ジョーカー「ワタシの指導も構いませんが、ご自分の見た目も気にしなくてはなりませんねぇ〜♪ んふふ♪」
れいかから掬い取った米粒を、ジョーカーは自分の口に運んで微笑んだ。
その行動が…その表情が…その声が、れいかの顔を一瞬で赤く染め上げた。
青木れいか「…ぁ……ぁぅ…ッ」
ジョーカー「おや〜? そぉんなに恥ずかしいことだったんですかぁ〜? んふふふ♪」
もちろん、それだけじゃない。
確かに恥ずかしかったが、この赤面の理由にはならない。
ジョーカーは気付いていないかもしれないが、れいかはこの時……確かに……。
ジョーカーの仕草に、その胸を打たれて紅潮していた。
その様子は、遠く離れた席から観察しているがどうたちにも確認されていた。
緑川なお「れ、れいか……」
青木がどう「これは良い傾向です…ッ。何と喜ばしい…ッ」
緑川なお「あーッ、やっぱり複雑だなぁ……ッ」
なおは頭を抱えて唸った後、メニュー表を見て注文していく。
緑川なお「すみませーん! この一覧に載ってるの、全部お願いしまーすッ!」
青木がどう「自棄食いですか? 体を壊さないようにお願いしますよ。あ、僕は餡蜜をお願いします」
田舎道を上機嫌で歩いているみゆきは、クルクルと回ったり飛び跳ねたり。
そんなみゆきの後ろから、ウルフルンとタエが並んで続いてきていた。
ウルフルン「おい、転ぶんじゃねぇぞ」
星空みゆき「分かってるよー」
ウルフルン「ホントかよ、ったく……」
星空タエ「ふふふ」
傍らを歩くウルフルンを見て、タエは安心の微笑みを浮かべる。
ウルフルン「あん?」
星空タエ「…何だかホッとしたわ。随分と変わったお友達を連れてきたと思ったけど、あの子のことなら頷けるわね」
ウルフルン「何の話だ…?」
星空タエ「みゆきはね。昔は友達を作ることが苦手で、あんまり自分から誰かに寄り添うようなことをしなかったの」
今のみゆきを思えば信じられないことだった。
既にその面影はなく、ウルフルンの知るみゆきは誰にでも声を掛けるような、悪い言い方をすればお節介なほど前向きな性格をしている。
星空タエ「そんなみゆきが選んだ子なら、きっとあなたも純粋な心を持っているんでしょうね…」
ウルフルン「はぁ?」
星空タエ「あら、気付かなかったの? この前に来てくれた時に気付いたんだけど、あなたと一緒にいる時のみゆきって、すっごく楽しそうなのよ?」
ウルフルン「…………」
前方を歩くみゆきに視線を向ける。
その視線に気付いて、みゆきが元気よく手を振ってきた。
それに答えるようにタエが手を振り返すと同時、ウルフルンまで無意識に手を上げていた。
ウルフルン「……ぁ」
星空タエ「ふふ」
すぐに気付いて手を下ろしたものの、傍らのタエはもちろん、前方のみゆきにまで見られていたようで静かに笑われた。
顔を背けたウルフルンだったが、きっと……その口元は笑っていた。
青木家に帰ったれいかは、玄関先で祖父の曾太郎と顔を合わせる。
青木曾太郎「帰ったか、れいか」
青木れいか「ただいま帰りました、お爺様」
青木曾太郎「む? れいか、その方は……」
ふと、れいかの背後に立つジョーカーに視線を送る曾太郎。
両手いっぱいに荷物を抱えたジョーカーは、苦しげな声を上げて玄関先で呻く。
ジョーカー「は、はじめまして……ッ。じ、ジョーカー…です…ッ」
青木曾太郎「じ、じょーかー?」
青木れいか「ふふ。わたしの知り合いです。買い物先で偶然会いまして、荷物を持ってくださったのですよ」
青木曾太郎「そ、そうか……」
ジョーカー「あ、あの…れいかさん…ッ。早く中に上がってくださいません…? これ、結構、重…い……ッ」
れいかが玄関先から中に入り、ジョーカーが青木家の中へと荷物を運び入れる。
華奢な体つきのジョーカーに、手持ちの肉体労働は堪えたようだ。
ジョーカー「(……これ…、また筋肉痛フラグですかねぇ…)」
青木れいか「ありがとうございます、ジョーカー。とても助かりました」
ジョーカー「イイエ、ドウイタシマシテ」
ブーブー、とアヒル口で棒読み返答するジョーカーをガン無視して、れいかは荷物を家の中へと少しずつ運び入れていく。
まずは夕飯として買った食材を台所へと持っていった。
そんな時、玄関先で座り込むジョーカーを曾太郎がジーッと見下ろしていた。
青木曾太郎「…………」
ジョーカー「……? 何でしょう?」
青木曾太郎「…いや、突然のこと故に、少々驚いたのだ。済まなかったな…」
ジョーカー「はい?」
曾太郎は、台所に向かったれいかに視線を移した後、再びジョーカーへと向き直る。
青木曾太郎「この十四年の歳月の中、れいかが異性を我が家に連れ込んだことは一度もなかったのだよ」
ジョーカー「…………」
青木曾太郎「と言っても、緑川さんの兄弟たちは、時々遊びに来ていたがね。しかし君のような男は、れいかが生まれて初めてのことだ」
玄関先に座り込んでいたジョーカーと目線を合わせるように、曾太郎が膝を崩して座り込む。
青木曾太郎「ジョーカーくんと言ったね? 君は、れいかとどんな関係なのかな?」
ジョーカー「関係、ですか……?」
青木曾太郎「うむ。本当に、ただの知り合いなのかな? それとも……」
それ以上を告げられる前に、れいかが台所から姿を現した。
そして、その時にはもう……。
青木れいか「あら? お爺様、ジョーカーは……?」
青木曾太郎「ん? あぁ、先ほど帰られたぞ」
青木れいか「まぁ…そうだったのですか…」
誰もいなくなった玄関を眺めた後、れいかは曾太郎へと視線を移す。
青木れいか「お爺様……ジョーカーと、何かお話をされましたか?」
青木曾太郎「む…?」
顎に手を当てた曾太郎は、やがてニコリと微笑んで人差し指を自分の口に当てながら返答した。
青木曾太郎「…秘密だ。ははは」
タエの家から、行きの時と同じようにして帰っていくウルフルン。
れいかと顔を合わせる前に、青木家を出ていったジョーカー。
その二人の姿は、第三勢力(と、なお)の面々にしっかりと確認されていた。
互いの距離は縮まりつつある。
願う未来に到達するまで、きっと…あともう少し…。