とある短編の創作小説U
□そんなあなたに恋をした
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スラム街の朝は早い。
裕福な街並みから流れてきたゴミの中から、早い者勝ちで金品を見つける作業が始まっていく。
アダム「……ん…? 朝か…」
ゴミ山で野宿など当たり前になってきたアダムも、宝探しに来た子供たちの声に目を覚ます。
ちなみに、この場合は幸運な方だろう。
もしも起きず、子供たちがアダムの持つ刀や首飾りに手を伸ばした瞬間、その子供は奇襲を感じ取って飛び起きたアダムに斬殺されていたはずなのだ。
アダム「(さて……そろそろ別の世界に……って…、あ…?)」
身を起こして立ち上がったアダムは、自分が来ている深緑色のコートが何かに引っかかっていることに気付いた。
コートの先へと視線を向けてみると、そこには……。
アダム「…………は……?」
リリス「ぅ、う〜ん……。あ、おはよぉ」
殺したはずのリリスが、アダムのコートの中で目を覚ました。
何故死んだはずのリリスがここにいるのかも気になったが、もう一つ気になることがあった。
アダムの隣りに寝ていたということは、アダムはリリスの気配に気付けなかったのだろうか?
リリス「んもぉ……お兄ちゃん、寝つき悪過ぎだよぉ……。何度も何度も私のこと斬ってくるし……」
アダム「あぁ? 斬ってくる、だと……?」
リリス「うん。私が追い掛けて、ここにきてね? 一緒に寝よ〜って思って近付いたら、いきなりズバッズバッズバッて!」
アダム「…………」
リリス「昨日の夜で、私何回死んじゃったか分かんないよ〜」
ぷくーっと頬を膨らませて怒っている(らしい)リリスを前に、アダムは何も考えずに刀を振るった。
一瞬と呼ばれる時間で、リリスの首が勢いよく斬り飛ばされた。
リリス「ぐぼぇ!」
アダム「……」
ドチャッ!! と落下した首と、首から上を失った胴体。
しかし、それらは見る見る内に動き出す。
跳ね飛ばされた首の断面がシュルシュルと動き始め、胴体の断面と繋ぎ合わさるかのように蠢いていく。
アダム「……」
やがて、アダムが見ている目の前で、斬首されたはずのリリスの首は元通りの姿へと戻ったのだった。
リリス「お兄ちゃん! また私を斬ったぁ!」
アダム「テメェ……その体は一体……」
リリス「ふぇ? えへへ〜、凄いでしょ?」
アダムは、もう一度聞いてみることにした。
電波や妄想だと思われたリリスの話は、どうやら嘘でもないようだ。
生まれて間もなく、リリスは“生贄”という名目で英国の王に食べられた。
その後、天界へと送られたリリスは神様に育てられてきたらしい。
その間、神様にだけ食すことを許された食物を口にすることは禁じられていたのだが……三才を迎えた時、その言い付けを破ってしまった。
リリス「“ネクタル”と“アムブロシア”をね? ほんの少しだけ食べちゃったんだ……。イタズラのつもりだったんだけど、神様を怒らせちゃって……」
そのネクタルやアムブロシアというものが、どんなものかは分からない。
しかし天界の問題としては、人間のリリスに与えてはならないものだったのだろう。
アダム「それで? お前はどうなったんだ?」
リリス「……天界にいられなくなっちゃったの。確か“追放”って言ってた。それで、私は三年ぶりに人間界に帰って来れたんだぁ♪」
しかし、それは千年以上も昔の話。
それまでの間、リリスは成長することなく生き続け、今に至ったという経緯を持っていた。
リリス「何でか、おっぱいだけ成長しちゃったんだけどね? 見て見て〜! ほら、ボインボイン♪」
アダム「見たくなくても目立つっつーの。揺らすな馬鹿」
リリス「イヤ〜ン♪ お兄ちゃんのエッtぐぼぇ!」
スバンッ!! と刀で顔面を斬り飛ばされたリリス。
しかし、その傷も瞬く間に再生してしまった。
リリス「む〜、軽いジョークなのにぃ」
アダム「お前の事情は分かった。それで? 天界に行く方法とか、帰る手段とかは知らねぇんだな?」
リリス「うん♪ もう千年以上もこっちにいるけど、帰れたことはないし方法も分かんないや!」
アダム「あぁ、そうかい……。なら仕方ねぇ」
結局、何も変わらない。
神様のいる天界に行く方法が分からなければ、リリスと話すだけ無駄だった。
リリスなど無視して立ち上がったアダムは、当然のように背を向けて歩き出す。
その背中に、リリスが零れそうな胸元をムニュッと押し付けるようにして勢いよく抱き着いてきた。
リリスの身長がアダムの腰の位置になるため、どうやらジャンプして飛び付いてきたらしい。
リリス「どこ行くの?」
アダム「あぁ? こことは違う世界だ。つーか離れろ」
リリス「私も連れてって!」
アダム「…………」
リリス「にぱー♪ ぐぼぇ!」
リリスの体を縦真っ二つに斬り捨てたアダムは、二つになったリリスの胴体を真横に蹴り飛ばす。
そのまま無視して歩き去ろうとした瞬間には、先ほどと同じ柔らかすぎる感触が背中に飛び込んでくる。
今度は腕だけでなく、足までアダムの腹部に回した“だいしゅきホールド”状態だ。
アダム「……殺すぞ」
リリス「うん♪ でも死なないよ〜?」
アダム「殺しても死なねぇヤツなんざ面白くもねぇよ。さっさと消えろ」
リリス「や!!」
多分“嫌”と言った。
チラリと背後に視線を向けてリリスの顔を確認したら、ぷくーっと頬を膨らませていた。
しかし、アダムの目と自分の目が合うと、やがて頬を朱色に染めて“にぱーっ”と笑顔を見せてくる。
アダム「……ふざけんなよ、テメェ…」
リリス「ねぇねぇッ、お兄ちゃん名前は?」
アダム「どうでもいいだろ…」
リリス「教えてよぉ! ほらッ、私のおっぱいで遊んでもいいからぁ〜♪」
アダム「殺す」
リリス「ぐぼぇ!」
アダムの背後に鮮血が散る。
しかし、何事もなかったかのように再生していく。
このサイクルは、きっと二度と途絶えることはない。
アダム「……クソッタレが…。とんでもねぇ疫病神に捕まっちまった…」
リリス「むぅ〜? んふふ♪」
アダム「これだから“神様”って連中が気に食わねぇんだ……ッ。クソクソクソッ」
アダムは逃げられない。
きっとリリスは、アダムが別世界に行っても追いかけてくるだろう。
この千年以上もの長い時を、たった一人で過ごしてきた。
誰からも相手にされず、孤独に生きるしかなかった世界。
そんなリリスの世界から、光ある“自由”を見せてくれた人。
それが……アダム・アイファンズだった。
リリス「アダム? じゃあ“アッくん”て呼ぶ
ぅ〜! アッく〜ん♪」
アダム「失せろッ、クソガキが!!」
リリス「ぐぼぇ!」
そんなあなたに恋をした。
ずっと一緒なら、絶対に楽しい。
千年以上の孤独な人生なんて考えられないくらい、素敵な毎日が待ってるかもしれない。
だからリリスは、アダムを追いかける。
光を失っていた毎日を斬り裂いて、闇の底から助け出してくれた。
そんなアダムが、大好きだから。