3つの恋が実るミライ♪
□22 歩くべき道
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気が付けば、その人のことばかり考えている自分がいた。
ジョーカー「…………」
衝突したと思えば笑顔を見せてきて、からかったら面白いくらい反論してきて。
ふざけたらふざけた分だけ、気が滅入るほど正そうとしてくる。
本来、自分とは敵対していたはずなのに。
剣を交えて戦ったことだってあったのに。
ジョーカー「…………」
今では、どんな気持ちで対立していたのかも思い出せなくなっている……否、それは間違い。
対立していたことを忘れたいと願っている自分がいた。
皇帝ピエーロに仕えていた直属の配下として考えられない心境だというのに、それを恥じている自分は……いない。
気が付けば、あの人のことばかり考えている自分がいた。
青木れいか「…………」
顔を合わせることも躊躇われるほど、険悪な存在だったのに。
出会ってしまえば、争いは免れないほど醜悪な敵だったのに。
いつしか、一緒に並んでいることを変に思わなくなり。
それが当たり前になった時は、次に会える時が楽しみにすら思い始めていた。
ウルフルンやアカオーニがいるのに、あの人の姿が見えなかった時は所在を訊ねた時さえあった。
青木れいか「…………」
神出鬼没なあの人を捕まえることが難しいのなら、いっそのことあの人に捕まってみたいとさえ思う。
かつて敵対していた存在とは思えないほど、その心はあの人のことで満たされていた。
でも、この気持ちを打ち明けるつもりはない。
だが、この気持ちを形にするつもりはない。
だって、もしもお互いに自覚してしまえば……きっと何かが壊れてしまう。
青木れいか「…………」
ジョーカー「…………」
プリキュアとバッドエンド。
お互いに敵対している関係。
その時は終わった? 今は良好な関係?
そんな都合のいい言葉で片付けられるほど、二人の距離は簡単なものなのか。
でも、どんな問題を提示されたって……結局は最後にこんな答えが浮上する。
“自分の道は、自分で決めろ”。
七色ヶ丘中学に登校していったウルフルンとアカオーニ。
そして、こうがたちの支援に出掛けていったと思われるマジョリーナ。
今、このバッドエンド王国はジョーカーが一人だけ残されていた。
ジョーカー「(……最近…、どうにも調子が悪いですねぇ…)」
ダンスもトランプもジャグリングも、ジョーカーの退屈を満たさない。
一人でやっても面白くない遊びだからこそ、悪しき存在であるジョーカーの退屈凌ぎになっていたはずなのに。
今となっては、どれもこれも楽しくない。
と、そんな時だった。
マジョリーナ「ジョーカーッ!」
ジョーカー「おや? おかえりなさい、マジョリーナさん。随分と早いお帰りですねぇ〜」
マジョリーナ「それどころじゃないだわさッ」
ジョーカー「はい?」
何やら様子がおかしいマジョリーナは、ジョーカーに重要な事実を知らせたのだった。
マジョリーナ「青木れいかが、イギリスに留学するだわさッ!!」
その人の名前を聞かされた時、不覚にもジョーカーの鼓動は打たれていた。
日本全国から優秀な中学生を選抜し、言うならば“日本代表”としてイギリスへの留学を許された資格。
その選抜メンバーに、七色ヶ丘中学のれいかが選ばれたのだった。
その発表がみゆきたちの教室で行われている中、教室の外ではがどうが頭を抱えていた。
星空こうが「おい、カズ! こりゃ一体どういうことだッ!?」
黄瀬のどか「みちにいのママ、いなくなっちゃうの……?」
青木がどう「こんなはずは……ッ。母さんが進学した高校は、七色ヶ丘市内の国立校だったはず……ッ。それが、何で……ッ」
考えられる現象は一つ、タイムパラドックスだった。
玉のような汗が浮かぶほど、今回の改変は見逃すわけにはいかない。
最悪の場合、この時点で“青木がどう”という存在の消滅が確定してしまうかもしれないのだ。
黄瀬のどか「マジョリーナに、みちにいのパパに伝えて来て、って頼んだけど……まだ心配だよね……」
青木がどう「この時点で父さんが、どんな行動を取るのか推察できないからなぁ……」
教室の中で佐々木先生が口にしている内容に、耳を澄ませていたこうがが現状を把握する。
星空こうが「イギリスに行くのは一ヶ月後。それまでに、留学する意思を記入した承諾書を提出すること。提出した以上、もう留学の取り消しは利かねぇらしい」
青木がどう「承諾書?」
星空こうが「オレたちの都合に合わせりゃ、それが“タイムリミット”だ。カズのお袋さんがそれを提出しちまえば、少なくとも一年間はここを離れることになる」
青木がどう「一年、か……」
教室の様子を覗いてみる。
おめでとうの声が上がるクラスの中で、れいかの表情は晴れやかではない。
れいかだけではなく、みゆきとやよいも……更に言えば、ウルフルンとアカオーニでさえ呆然としていた。
放課後、部活動が終わって合流を果たしたあかねとなおにも、れいかの留学が知らされた。
というが、実は下校する前に、二人はこうがたちから聞かされている。
日野あかね「それは凄いなぁ! おめでとう、れいか!」
青木れいか「ありがとうございます」
緑川なお「れいか、留学なんて考えてたんだねぇ。知らなかったよ」
あかねもなおも、表面上はれいかの留学を喜んだ。
しかし、それはあくまでも表面上。
あかねたちだけでなく、みゆきもやよいも、心の内は異なっていた。
青木れいか「……でも…、留学したら…。プリキュアが……」
星空みゆき「…………それは…きっと何とかなるよ…。ほらッ、不思議図書館だってあるし、いつだって会えるよ」
青木れいか「しかし…」
星空みゆき「それに、今すぐ行っちゃうわけじゃないし……大丈夫だよッ」
青木れいか「……そう、ですね…」
やがて、みゆきたちは別れていく。
その様子を見ていたウルフルンたちは、一言も話すことなくバッドエンド王国に帰っていった。
ルン太郎「……何が“大丈夫だよ”だ…。思いっきり無理しやがって…」
赤井鬼吉「どうするオニ?」
ルン太郎「どうするも何も、決めんのはれいかだ。まぁ、ジョーカーが何て言うかは知らねぇがな」
夜、青木家にて。
母と兄にも喜ばれたれいかだったが、その心は一向に晴れない。
迷いの残る心境のまま、れいかは祖父の間を訪れていた。
青木れいか「お爺様、宜しいでしょうか…?」
青木曾太郎『…あぁ』
返事を聞き、襖を開けて入室する。
お互いに向き合ったところで、れいかは留学の件を報告した。
青木れいか「この度、念願だったイギリスへの留学が決まりました」
青木曾太郎「あぁ、よく頑張った」
青木れいか「ありがとうございます…。お母様もお兄様も、先生も友達も、皆とても喜んでくれて…。とても…光栄です……」
青木曾太郎「…………」
その言葉とは裏腹に、れいかの表情は晴れやかではない。
その心境の深くまで知ることはないが、様子を見抜けない曾太郎ではなかった。
青木曾太郎「れいかよ…。この件、あの彼は存じているのか?」
青木れいか「…え? あの彼、とは…」
青木曾太郎「以前にここを訪れた、ジョーカーくんのことだ」
青木れいか「……ぁ…」
言い淀む様子から、曾太郎はこれ以上の詮索はしない。
何を思ったのかは分からないが、机に向かった曾太郎はスラスラと筆を走らせていく。
そして、半紙に書かれた一文字をれいかの前へと差し出して見せた。
青木れいか「……これは…“道”…ですか?」
青木曾太郎「左様。では、これは……」
そして、もう一枚も差し出して見せる。
最初の一枚にも言えることだが、二枚ともに書かれた一文字は、あまり目にすることがない形をしていた。
しかし……。
青木れいか「これもまた、変わった“道”ですね……」
青木曾太郎「だがどちらも“道”には違いない。寄り道、脇道、回り道……“道”とは様々だ」
青木れいか「…………」
青木曾太郎「れいか。お前が描く“道”は、一体どんなものであろうなぁ?」
曾太郎の言葉から、思い出されるのはみゆきたちの笑顔。
そして、先ほども口述されたジョーカーの後ろ姿だった。