とある短編の創作小説U

□神様のいない世界
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 かつて、天を覆い隠すほど巨大な怪物が世界を襲った。

 その怪物は“災厄の化身”とされ、古くから人々の心に巣食う恐怖の対象となっていた。

 この世界に神様はいない。

 もしも、神様がいるとしたら……。





 それは、きっと……人々の幸運を良しとしない“大邪神”に他ならないだろう……。





 辺境の町、ホルン。

 各々が抱える事情から故郷を追われ、行く当てもなく彷徨った末に辿り着くとされる小さな町。

 しかし……どうにも最近になって、この町を包み込む雰囲気は最悪なものになっていた。

 そんな中、一軒の食事処にて一人の男性客が腹を空かせて足を踏み入れる。

アリス「あ、いらっしゃいませ」

 この店で働く少女“アリス”が接客に応じた。

 金色に輝く長髪をサラサラとなびかせる、15歳くらいの若い娘である。

 しかし、彼女を前にした男性客は、グルグルと鳴る腹を抱えたまま一言も話さない。

 何が目的で店を訪れたのかは姿を見て明白だった。

アリス「えーっと……ただいまお食事の方をお持ちいたしますので、席でお待ちいただけますか?」

 男性客は黙って頷いたという。







 五日以上も食事を取らずに彷徨い続け、このホルンの町に到着した男性客。

 名を“アダム”と言った。

アダム「っかーーー!! い、生き返ったぁ!!」

 適当に用意された食事を全て平らげ、ようやくアダムは声を上げた。

 灰色の髪に深緑色のコートを着た彼の左腰には、刀と脇差が一本ずつ下がっている。

 砂時計を模した首飾りを下げたアダムを前に、アリスは少しだけ訊きにくそうに質問をする。

アリス「お客様、この町は初めてですか?」

アダム「んあ? あー……、さっき着いたばかりだ」

アリス「そうですか……。では、早い内にこの町を出ていった方が宜しいかと」

アダム「あぁ? 何でだ?」

 アリスは、今この町で噂されている予言を説明した。

 【かつて、この世界に災厄を振り撒いた怪物が、予言の通りならば明日、この町に再び現れる】

アダム「予言、ねぇ……。それで町中が葬式みてぇな雰囲気に包まれてたわけか……」

アリス「この町に辿り着いたということは、お客様も……故郷に帰ることができない身だということはお察しします。ですが、この町は……もう……」

アダム「……分かった。ご忠告どうも。それじゃあ、一つだけ聞かせてもらうぜ」

アリス「はい?」

 明日、この町に訪れる災厄の件を聞いたアダムは、アリスへと一つの質問を投げかける。

アダム「“神様”って、いると思うか?」

アリス「…………」

 アダムの問いを聞いたアリスは、少しだけ沈黙した後に胸を張って答えた。

アリス「いません」

 いないと思います、ではなく、いません、と言い切る形で。







 その日の夜のこと。

 この町は、故郷に帰ることが叶わなくなった者たちが自然と集まってくる傾向にある。

 アダムも、複雑な事情を抱えて故郷に帰ることができていない。

 そして、その事情はアリスも同じこと。



 アリスは、ホルンとは違う別の町で生まれ育ち、幼い頃に両親を失った。

 この世界に伝わる災厄の被害に遭い、人生の全てを失ったのだ。

 大好きな両親も、住み慣れた家も、思い出が詰まった町も、全て呑み込まれてしまった。

アリス「……ッ」

 その災厄が、今再びホルンの町に訪れようとしている。

 一度きりの人生で、災厄の怪物の被害を二度も受ける者も珍しいだろう。

アリス「(神様なんて、いない…ッ。この世界は、残酷なんだ…ッ)」

 明日、この町が怪物の魔の手に呑み込まれる。

 もう、町と一緒に死んでしまおうか。

 そうすれば、きっと天国の両親にも会いに行けるだろう。

 町の人々が逃げる準備を進めていく中、アリスは普段通りの生活を送って最後の日を待っていた。

 もうすぐ夜は明ける。

 朝日と共に、天を覆い隠すほどの巨大な怪物が、このホルンの町を呑み込むのだろう。







 朝日が昇ると同時に、アダムは誰もいなくなった宿屋の中から姿を現す。

アダム「宿代いらずの宿泊か…。久しぶりの贅沢だったぜ」

 空を見上げる。

 そこに広がっていた光景を前にして、アダムはニヤリと気持ちの悪い笑みを浮かべた。

アダム「さぁて…♪ 災厄だか何だか知らねぇが、一飯の恩があるからなぁ……。クハハハ」

 腰の刀を抜いたアダムは、天を覆い隠すほどの怪物を見上げた。

 滝のような涎を流しながら大口を開き、今にも火を噴きそうなほどの鼻息を荒げる。

 だが、アダムは臆さない。

 彼の人生がどんなものなのかは誰にも分からないが、そんな怪物を前にしても恐怖しないほど馬鹿げた一生を送ってきたのだろう。

アダム「掛かって来いよッ、災厄ッ! テメェを殺せば、俺の“神様を殺す”目的に一歩近付ける気がするぜぇ!! クッハハハハハ!!!!」

 どんな人生を送って来たのか、誰も知らない。

 しかし、これだけは明白だ。

 彼は“神様”を毛嫌いしている。

 この世界には“神様”と呼べる存在が信じられていないほど悪運に満ちているけれど、それでもハッキリと分かることがある。

アリス「ーーーッ!!?」

 最期の時を待っていたアリスは、その目で確かに見届けた。

 天を覆い隠すほど巨大な怪物を前に、人間とは思えないほど強大な力を振るうアダムの姿を。

 腰の刀を一度振るっただけで、その怪物の首は一瞬にして落とされた。

 怪物による血の雨がホルンの町に降り注ぐ中、大量の返り血を浴びて全身を真っ赤に染め上げたアダムが、軽蔑の眼差しで吐き捨てる。

アダム「何だぁ? こんなモンかよ……つまらねぇ」

アリス「……ッ」

 神様を殺そうとしている、アダムという男は……。

 その目的の達成を真剣に目指していると証明できるほど、圧倒的な強さを持っていた。







 かつて、天を覆い隠すほど巨大な怪物が世界を襲った。

 その怪物は“災厄の化身”とされ、古くから人々の心に巣食う恐怖の対象となっていた。

 しかし、その恐怖とされる怪物は、既にこの世界の何処にも存在しない。

 この世界に突如として姿を現した一人の男性が、その怪物の首を斬り落としたのだ。



 その男性は、神様を殺したいほど憎んでいた。

 でも、この世界に神様はいない。

 だから、その男性はすぐに姿を消してしまった。



アダム「お前、死ぬ気だったのか?」

アリス「…………」

アダム「まぁ、お前の人生だ。好きに生きて勝手に死ねや」

 怪物の首を落とした町、ホルンにて。

 アダムと最後に会話を交わした少女、アリスは彼の背中を見送った。

アリス「神様を捜して、それからどうするんですか……?」

アダム「あぁ? そんなモン決まってんだろ?」



アダム「ブチ殺すんだよ。俺にとって“神様”ってヤツは、お前らにとっての“災厄”だからなぁ」



 この世界に神様はいない。

 もしも、神様がいるとしたら……。





 それは、きっと……この世界を“災厄”から救い出してくれた一人の男。

 “アダム・アイファンズ”に他ならないだろう……。
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