とある短編の創作小説U

□そんなあなたに恋をした
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 何処の世界にも、どんなに平和な町にも、必ずと言っていいほど“裏”がある。

 周りの環境に隠してはいるが、必ず存在する“闇”がある。

 異世界を旅して、故郷の世界を目指している青年。

 アダム・アイファンズは、そういった“闇”や“裏側の世界”に慣れていた。

アダム「(何処の世界も、根本的にドロドロした部分は同じだな……)」

 腰の刀と脇差を揺らしながら、アダムは町中を彷徨い歩く。

 ここは、とあるスラム街の一角。

 スラム街には少し嫌な思い出があったが、この世界で味わったことではないため気にしない。

 以前に立ち寄った世界のスラム街で、大事件とされる騒ぎを起こしたことがあったのだが……。

アダム「(まぁ、それも過ぎた話だ……。この世界に来るのは初めてだしな……)」

 故郷の世界に帰るため。

 そして、クソッタレな神様を皆殺しにするため。

 アダムは、今日も数多の異世界を飛び回っていく。







 貧困が常識のスラム街にも、食事処はある。

 もちろん、味や衛生面は保障しない上に、値段は恐ろしく高額だ。

 一応の金銭は所持しているアダムだが、とても払える額ではない。

 しかし、そんなことはどの世界に行っても同じことだった。

 食事処を訪れたアダムは、汚らしい容姿の店主に注文する。

アダム「この店で一番美味い物。一つくれ」

店主「……金はあんのか?…」

アダム「あっても足りねぇよ、こんな金額。だが、あんたの頼み事。何でも一つ聞いてやるよ」

店主「…なに?」

 これがアダムの決まり文句。

 嫌な思い出があるにもかかわらずスラム街を歩くのは、こういった交渉が通じるケースが多いからだった。

 アダムは、店主に見えるように腰の刀を見せつけた。

アダム「殺してほしい奴、奪ってほしい物。何でもいいぜ?」

店主「…………」

 アダムの顔を見た店主は、一度店の裏に下がっていく。

 数分後、おそらくこの店で一番高価な食事が運ばれてきた。

 見た目は最悪だったし、食事処にしては美味そうに見えなかったが、不味くはなかった。

 そして、料理の横にはザラザラに汚れた羊皮紙が一枚添えられていた。

 食事を口に運びながら羊皮紙を見やると、とある人物の名前と特徴、そして現在地などの情報が記載されていた。

アダム「殺人依頼か?」

店主「………内密なんだろ…? 頼めるか…?」

アダム「任せな」

 アダムの言葉に嘘偽りはない。

 以前、事件を起こしたスラム街でも国のお偉いさんの殺害を依頼されたが、臆せず実行して完遂したことがある。

 それを証明する物は何もないが、言うならばアダムの目が証明している。

 少なくとも、店主の目にはアダムを認めるだけの姿が映ったはずだ。

店主「十年以上も前だ……。俺の息子が、そいつに殺された……。何度も殺してやりたいと思ったが、俺は老いた……。息子の仇も取れねぇほどに……」

アダム「そうかよ。そりゃ残念だったな」

 アダムの返事は素っ気ない。

 殺人だろうが窃盗だろうが何だって請け負うが、深入りしないことを心掛けていたからだ。

店主「そいつの首を持ってきてくれ……。死して尚、この俺自身の手で痛め付けてやるんだ……ッ。この先、一生、未来永劫な……ッ」

アダム「死人に口なしだぜ? それでもいいなら、その希望も叶えてやるよ。ご馳走さん」

 食事を平らげたアダムは、店主から渡された羊皮紙を持って食事処を出る。

 食い逃げなどせずに、約束は守る。

 アダムは、羊皮紙に記載されている殺害対象の現在地へと向かっていった。







 一言で表すならば、そこは“見世物小屋”だった。

 おそらくスラム街での娯楽の一つなのだろう。

 晒し者にする価値のある人物を捕まえては、商品として見せびらかす。

 好評な晒し者には大金が集まり、面白くもない者には客が集まるはずがない。

 人気のなくなった見世物がどうやって処分されるのか……まぁ考えるまでもないだろう。

アダム「…………」

 アダムも、こういったショーは見慣れていた。

 暇潰し程度だが、自分から進んで見に行ったこともあった。

 一度だって楽しんだことはなかったが。

アダム「(さて、と……俺がぶっ殺す野郎は……、あいつか……)」

 アダムは目標を見つけた。

 客か、もしくは見世物になってる奴か、色々と想像してはいた。

 その結果、最も早く思い浮かぶ立ち位置の人物だったようだ。

アダム「(見世物小屋の地図を渡された段階で気付いちゃいたが……やっぱりここの支配人だったか……)」

 殺害対象は、見世物小屋の支配人。

 つまり、あらゆる晒し者を集めては披露している側の人間だった。

 今でも彼は、ステージの上で一人の少女を紹介している。

 見た目は三才くらいの、身長が百センチもないような幼女が一人、呆然とお客を見渡していた。

 彼女が見世物になっている理由は、その大きく発育し過ぎた乳房にある。

 三才児でありながらFカップという反比例な体つきに、周りのお客は大爆笑だった。

アダム「(くっだらねぇ……)」

 見続ける価値もない、と切り捨てたアダムが見世物小屋の客席を出た。

 このショーのスケジュールを確認し、全てが終わる夜の時間帯を待つことにする。

アダム「(ターゲットは“バジル”って名の見世物小屋支配人を務める男…。十年以上前に、あの店主の息子“セシル”を晒し者として捕まえるが、客に人気が出ずに銃殺処分…。どうしようもねぇな……)」

 夜は近い。

 今夜も、アダムの仕事は全て問題なく片付くだろう。







 そして、時は訪れた。

 閉店作業に入った見世物小屋の裏手側に回ったアダムは、バジルが顔を出すタイミングを待っていた。

 やがてバジルが現れ、アダムの存在を認識する。

アダム「……よぉ」

バジル「どわぁ!! ビックリしたッ。誰だい、あんた。こんな夜中にッ!」

アダム「夕方頃、あんたのショーを見せてもらったぜ」

バジル「へ? あ、あぁ、そりゃどうも。へへへ」

 客だった男だと知った途端、手の平を返したように物腰を柔らかくする。

 “ショーを見た”ということは、バジルにとってアダムは“もしかしたら常連になってくれるかもしれない大事な客”というわけなのだ。

バジル「申し訳ありませんが、本日の公演は終了してしまいました。また明日、本日と同じ時刻に公演いたしますので……」

アダム「あぁ、いいんだ。構わねぇよ。用事があんのは見世物の方じゃねぇ」

バジル「は? と、おっしゃいますと……」

 次の瞬間……。



 アダムの腰から素早く抜かれた脇差が、バジルの首に深く突き刺さる。



バジル「ーーーぶがッ」

アダム「殺害の依頼だ。悪く思うなよ」

バジル「ーーーッ!!?」

 頸動脈を傷付け、噴水のように鮮血が噴き出す。

 返り血を浴びないようにバジルの背後へと回ったアダムは、そのままガリガリと脇差を動かして首を斬り取っていく。

 最初はガクガクと震えあがっていたバジルの体も、見る見る内に大人しくなっていった。
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