とある短編の創作小説U

□スラム街の悪魔(テンシ)
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 ダドリーという少年は、治安の悪いスラム街で生活している。

 腹が減れば誰かの食べ物を盗み、欲しい物は力尽くで奪う。

 女子供だろうと容赦せず、例え大人の男性を相手にしたって問題ない。

 それだけの身体能力を身に着けた上に、ダドリーが子供という点でナメてかかってくるのだ。

 そんな奴らに手加減は無用。

 ただ、欲しい物があった。

 それが欲しいから奪うのだ。

 犯罪など怖くない。

 そんなものを恐れていては、ルール無用のスラム街では生きていけない。

 怖いものなど何もないと思っていたダドリーだったが、今日、自分が唯一怖いと思えるものを知ることになる。

ダドリー「よぉ…。あんた、いいモン持ってんなぁ?」

 ターゲットに決めたのは、ここらでは見慣れない大人の男性。

 灰色の髪が風に揺れ、深緑色のコートの下に隠された刀と脇差が見え隠れしている。

ダドリー「寄越せ」

 ターゲットがダドリーを見る。

 ダドリーの目から何かを感じ取ったのか、男は素直に刀と脇差を鞘ごと腰から外して放り投げた。

 丸腰になった以上、もうダドリーの敵ではない。

ダドリー「へへ♪ 利口だな。痛い目みなくてよかったじゃねぇか」

 そう言って、ダドリーが刀と脇差に歩み寄って手を伸ばした……その瞬間。





アダム「いいや、馬鹿の間違いだろ。痛い目どころじゃ済まねぇんだからなぁ……」





 男の声が聞こえた瞬間、ダドリーの喉を前から後ろに何かが通り抜けて行った。

ダドリー「………ぇ…?」

 グルリ、と大きく視界が反転し、空を見上げる。

 近くに、見慣れた体が立っていた。

 首から上がなくなった自分の胴体が、自分の視界の端でグラグラと揺れて、やがてドサッと倒れ込む。

ダドリー「…ぇ……? え…?」

アダム「ざぁんねん…♪ これでお前の人生もジ・エンドだな?」

ダドリー「ぁ……あ、ぁ…ぁ………」

 男の左腕……肘から先に刀の刃が光っている。

 腰に下げているものだけが得物とは限らない。

 その男は、腕の中にまで刀を仕込んでいた。



 ダドリーが最期に知ったもの。

 彼は初めて“死”を怖れると、首だけ残して絶命した。



アダム「体は貰うぜ? ガキの臓物は高く売れんだよ……ありがとな♪」

 その男、アダム・アイファンズはエサとして放り投げた刀を脇差を拾い上げた後、ダドリーの体も抱え上げて立ち去っていく。

 せめてもの慈悲として、首から上だけは手を伸ばさずに残したままで……。







 アダムは異世界から異世界を転々と渡り歩いて旅を続けている。

 その目的は二つ。

 自分が生まれ育った世界を見つけ出し、帰還すること。

 もう一つは、とある理由で恨み続けている“神様”を殺害すること。

アダム「……なぁんだ…、これっぽっちかよ…。思ったより金になんねぇんだな」

 ブラムの臓器を売りさばいて金を手に入れたが、その額は思っていたよりも安い。

 臓器移植を専門とする公共施設ではなく、スラム街在住の闇医者が取引相手では無理もないのだが。

アダム「さっさと別世界に渡っちまった方がいいのか……? 幸先悪りぃなぁ……」

 ブツブツと文句を吐きつつ、スラム街の町中を歩く。

 すると、前方に一人の少女を見かけた。

 異臭を放つシャツとスカートで身を包み、裸足のまま地べたに正座している。

アダム「…………」

 少女の目の前にはカビの生えた紙コップが一つ置かれており、中には悪戯に放り込まれたオモチャの硬貨が入れられている。

 いわゆる“物乞い”という行為だった。

アダム「………チッ…」

 先述するが同情したわけではない。

 予想以上に金が集まらなかったために、別世界へと渡る決意をした以上、持っていても仕方がない金が手元にあった。

 捨てるのも気が進まないため、アダムは迷いなく全財産を放り込む。

少女「………ぁ…」

アダム「失せろ、目障りだ」

 アダムにとっては少ない額だったかもしれないが、少女にとっては驚愕するほどの大金。

 信じられない、という様子で紙コップの中身とアダムを何度も何度も繰り返し見ていた少女など無視して、アダムはさっさと歩き去って行った。

 その様子を、じーっと眺めている少年がいたことも知らずに。







 アダムが異世界へと旅立つ方法は、大きく分けて三つある。

 一つは、自分以外の者の力を借りて異世界まで連れて行ってもらうこと。

 しかし、これは世界と世界を渡り歩いている者やそういった能力を持つ者がいることが前提だ。

 そんな力を持つ者がいなければ、この手段は使えない。

 もう一つは、アダムにも予想外な事件に巻き込まれた結果に発生した偶然的現象。

 未解決の行方不明事件や“神隠し”と呼ばれる現象は、ほとんどこの出来事が関係している。

 しかし前述した通り偶然的に起こる現象なため、いつ別世界に渡ることが出来るか分かったものではない。

 最後に、アダム自らが時間をかけて別世界への道を作り出すこと。

 アダムは“時魔術”という、時間を主とした空間魔法を振るうことが出来る。

 この力を応用し、世界と世界の間に位置する見えない壁を取り払い、そこに飛び込むことで今いる世界とは異なる世界へと向かうことが出来るのだ。

 欠点は二つ。

 一つは、発動までに時間がかかること。

 もう一つは、行き先の世界を指定できないため、どんな世界が先に待っているのか把握できないことだ。

アダム「(そもそも指定できんなら、とっくの昔に故郷の世界に還れてるはずだしな……)」

 刀を使って、地面に陣を描いていく。

 別世界へ渡るため、この魔方陣の形成から取り掛からなくてはならないのだ。

 面倒な作業だが、これを行わなければ少なくともこの世界から抜け出せない。

 と、そんな時だった。

少年「おい」

アダム「あぁ?」

 見知らぬ少年が声をかけてきた。

 アダムは知る由もなかったが、あの少女に全財産を寄付した瞬間を盗み見ていた少年“ユアン”だった。

 そしてユアンは、アダムが殺害したダドリーの弟である。

ユアン「お前……あの金、どうした?」

アダム「は? あぁ……拾った」

ユアン「嘘を吐くな! 知ってんだぞッ。お前、僕の兄ちゃんを殺したんだ!! 兄ちゃんを売って、お金に代えたんだッ!!」

アダム「知ってんじゃねぇか。何で聞いたんだっつーの」

 アダムは事実を隠さない。

 適当なことを言ったのは説明が面倒だったからだ。

アダム「兄の敵討ちに来たのか? 悪りぃが、今殺されてやるつもりはねぇんだよ。とっとと失せろ」

ユアン「ふん…、そんなんじゃない…。兄ちゃんなんてどうでもいい」

アダム「……あ?」

 予想外の言葉に、アダムは魔方陣を描く作業を止めてユアンの目を見る。

ユアン「僕が言いたいのは……お前が兄ちゃんで作った金を他人にあげたことだ! あんなことするくらいなら僕にちょうだいよ!! 何で女の子なんかにあげるのさ!!」

アダム「…………」

 アダムは知らない。

 ユアンは兄のダドリーと違って身体能力が高くない。

 またダドリーは弟思いの兄ではなかったため、生き抜くためなら容赦なく弟の存在も捨て去る男だった。

 兄弟仲の悪かった二人は、どちらが死のうと関係ない。

 生きるため、金のため、自分のためだけを見つめて生き続けてきたのだ。

ユアン「兄ちゃんを殺したのはお金が欲しかったからなの? じゃあ何でお金をあげちゃったの? 殺しがしたいなら、また誰か殺して売りに行ってよ! 今度は僕がお金もらってあげるからさぁ!!」

アダム「……」

ユアン「あッ、さっきの子! さっきお金あげた女の子にしなよ! 女の子の体なら高く買い取ってくれるところ知ってるんだッ。そしたら、その子に渡したお金も僕のものになるし、お前も女の子が相手なら楽に殺せr」

アダム「死ね」





 ズバァンッ!!!! と、アダムの腰から一瞬で抜刀された刃が煌めき、ユアンの首を刎ね飛ばした。





 この世界は腐ってる。

 このスラム街には、アダムの気を逆撫でする連中が蛆虫のように巣食っているようだった。

アダム「胸糞悪りぃんだよ、クソガキ。汚らしく死に晒せ」
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