とある短編の創作小説U

□月導の空中庭園
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 不思議な夢を見た。

 月明かりに照らされた、無人の廃墟。

 大きな外装から推察すると、そこは博物館だったのか美術館だったのか、とにかく人の住処としては大き過ぎる建物だった。

青木れいか「…………」

 外は月に照らされて、視界も広くて明るいというのに、内部は薄暗くて足元も見えない。

 そんな中、れいかは寂しげな人影を見つけた。

 高い高い建物の屋上、そこに広がる空中庭園。

 そこに立っていたのは……。







 ぼんやりとした頭が覚醒するまで、しばらくポヤポヤと寝ぼけておく。

 青木れいかは布団の中から上体を起こし、先ほど見たばかりの不思議な夢を頭の中で反復した。

青木れいか「(あの夢は…いったい何だったのでしょうか…)」

 布団から出て着替えを済ませ、兄の淳之介とランニングをする。

 朝食を済ませれば七色ヶ丘中学に向けて登校し、学校生活を送る。

 生徒会長であるれいかの務めは、まず花壇に咲く草花への水やりから始まった。

青木れいか「それで……どうしてあなたがいるのですか? ジョーカー」

ジョーカー「つれないですね〜、ただの暇潰しですよ♪」

 花壇の傍に積まれたレンガの上に座り込むジョーカーに、れいかは水で満ちた如雨露を草花たちに振るいながら質問する。

 こんなことは日常茶飯事だ、別に驚くことはない。

青木れいか「もうすぐ授業も始まります。あまりお相手は出来ませんよ?」

ジョーカー「つまらないですねぇ。せぇっかく会いに来てあげたというのに」

青木れいか「別に頼んでいません」

 如雨露の水が底を尽きたところで、ちょうど花壇での作業は終わりを迎える。

 ところが、ふと先ほどまで通ってきた花壇の草花に目を向けてみれば違和感に気付いた。

青木れいか「……?」

 花びらが縮み、茎がしな垂れ、まるでまだ水を欲しているかのように弱って見えた。

ジョーカー「不思議なことではありませんよ。今この場にワタシがいるんですから」

 そういって、ジョーカーは一輪の花に手を伸ばして茎から摘み取る。

 すると、摘み取られた花は見る見る内に力を失い、やがて形も残らぬほど完全に朽ち果ててしまった。

青木れいか「お花に、愛されないのですか……?」

ジョーカー「花だけではありません。鳥も魚も動物も、ワタシの存在を本能から遠ざけます。ワタシは“そういう存在”ですからねぇ」

青木れいか「……」

 ジョーカーは笑っていたが、心の底からの笑みではないだろう。

 寂しい。

 れいかの抱いた感想は、その一言だった。

ジョーカー「そういえば…れいかさん。アナタ誕生日が近いのでしょう? みゆきさんたちが話しているところを聞いていました♪」

青木れいか「…また盗み聞きですか」

ジョーカー「人聞きの悪い。気になる会話に耳を澄ませただけですよ」

青木れいか「それを“盗み聞き”というのです」

 来たる、5月21日。

 青木れいかは十五歳の誕生日を迎えようとしている。

 どうやら、その情報をみゆきたちを通じてジョーカーにも知られてしまったらしい。

ジョーカー「プレゼントは何がいいですかねぇ〜♪ 青バラの花束でもご用意いたしましょうか?」

青木れいか「あなたが手に取れば枯れてしまうのでは? バラの花びらが散る光景など好んで見たくはありません」

ジョーカー「ではお菓子にしましょうか♪ 美味しいマカロンをご用意しますよッ」

青木れいか「わたしの手元に届く前に食べ終えないでくださいね」

ジョーカー「それは約束できません」







 5月20日の夜、青木家の自室にて。

 明日は、みゆきたちがれいかのためにバースデーパーティを開いてくれるらしい。

 直接聞いたわけではないが、みゆきたちから“明日の予定は?”“何時頃の時間が空いてる?”“こういうお店は好き?”“食べられない物とかってある?”などの質問攻めにあっていた。

青木れいか「(気持ちは嬉しいのですが、さすがにバレバレですよ…。ふふ…)」

 と、そんなことを思って布団に入ろうとした時だった。

 閉めていたはずの窓から夜風が吹き込み、振り返ってみれば訪問者の人影。

ジョーカー「こんばんは、れいかさん」

青木れいか「ジョーカー…? こんな時間に、どうしたのですか…?」

ジョーカー「デートしましょ♪」

青木れいか「え?」

 言うが早いが、ジョーカーはれいかの手を取って窓の外へと誘う。

 頭の上に疑問符を浮かべたままの状態で、ジョーカーはれいかを軽々と抱え上げる。

青木れいか「わわわ! ち、ちょっとッ、ジョーカー!?」

ジョーカー「しっかり捕まっていてください。でなければ、ワタシの不注意で落としてしまうかもしれません♪」

 万に一つも有り得ない展開を口にしたところで、れいかをお姫様抱っこしたジョーカーが月の浮かぶ夜空に飛び立った。

 二人の頬を優しく包み込む五月の夜風は、とても心地よくて涼しかった。

 そんな中でジョーカーが向かう先とは、バッドエンド王国などの異界でこそなかったが、それでも人気のない静かな暗がり。

 本当に人間界なのかと疑いたくなるような場所に入ったところで、れいかの警戒心が強まっていく。

青木れいか「…………」

ジョーカー「震えてますねぇ〜♪ 寒いんですか〜?」

青木れいか「………分かってるくせに…」

ジョーカー「んふふふ♪ そんなに緊張しなくても大丈夫ですよぉ〜、変なことしませんから♪」

青木れいか「信用できません。わたしを何処に連れて行く気ですか」

ジョーカー「もうすぐ見えてきますよ……ほら」

青木れいか「え?」

 人の気配はなく、辺りには鬱蒼とした木々が広がる。

 月明かりだけが、まるで道標のように前方を照らし、ジョーカーの行く手を案内していく。

 どこまでも続くと思われた光の道を突き進んでいた先に見えてきたものは……。



青木れいか「ここ、は……」

 夢に出てきた、不思議な雰囲気のある建造物。

 かつて美術館として栄えていた、今では見る影もなくなった無人の廃墟だった。



青木れいか「夢に見た場所………実在していたんですね…」

ジョーカー「おや意外ですねぇ。この場所はご存知でしたか」

青木れいか「ジョーカーは、どうしてこの場所を?」

 れいかが質問したところで、ようやくジョーカーはれいかを地に下す。

 眼前に建つ廃墟と化した美術館を前に、ジョーカーは静かに語り出した。

ジョーカー「この場所は、ワタシにとって数少ない“人間界の中でお気に入りの場所”なのですよ……。せっかくなので、ここを選ぶことにしました」

青木れいか「選ぶ、って……」

ジョーカー「おやおや、アナタらしくもない。忘れてしまったのですか?」

 美術館の前に立ち、くるりと振り返ったジョーカーがれいかの髪にそっと触れた。

 瞬間…午前0時の時が刻まれ、れいかの生誕を祝すべき日付が訪れる。





ジョーカー「お誕生日、おめでとうございます。青木れいかさん♪」

青木れいか「…ジョーカー」





 5月20日が終わり、5月21日の日付に切り替わる。

 ジョーカーは、誰よりも早くれいかの誕生日を祝ってくれたのだった。

 だが、当然これで終わりではない。

 美術館の中に入り、二人は屋上に向けて歩を進めていく。

青木れいか「本当に覚えていてくれたのですね」

ジョーカー「生憎と、こういったことは忘れない主義なのですよ♪」

 夢で見た光景が思い出される。

 この場所は確かに夢の中と同じ場所で、周囲の環境もそのままで。

 高い高い建物の屋上……そこに広がる空中庭園に到着する。

青木れいか「…………」

 だが、所詮は廃墟。

 草花など、雑草も含めて生えてこないコンクリートの塊。

 しかし何もないからこそ、際立って見えてくるものがあった。



 月明かりに照らされた空中庭園からは、七色ヶ丘の全貌が夜景として見渡せるのである。



青木れいか「………きれい…」

ジョーカー「アナタなら、そういうと思っていました」

 庭園を囲むように設置された柵から身を乗り出すようにして夜景を眺めるれいかと、逆に背を預けるジョーカー。

 当然ながら、その状態では夜景は見えない。

ジョーカー「もうワタシは見慣れました」

青木れいか「そんなにここを訪れていたのですか? こんな景色を独り占めなんて、ずるいです」

ジョーカー「んふふ、ですが…今宵はアナタと二人きりですよ♪ 花でもあれば抜群でしたが、間に合ってはくれませんでしたねぇ…」

青木れいか「え?」

 言われて気付くことがある。

 よく見てみれば、この庭園の隅々には朽ち果ててボロボロになった何かのクズが散乱している。

 夜風に吹かれて散り散りになっていくが、あれは間違いなく朽ちた草花だ。

 考えてみれば、雑草の生えていない廃墟などあるはずがない。

青木れいか「もしかして……ここには…」

ジョーカー「あったんですよ。つい先日まで、色鮮やかな草花が…。ですが、この日まで咲き続けることは難しかったようです……」

 ジョーカーのせいだ、と言えば聞こえは悪いが、彼なりの努力もあったのだろう。

 まだ花が咲いていた頃、ここを訪れるたびに元気をなくしていく草花たちを見て、自分は動植物に好かれない存在だと学んだ。

 最近になって、れいかの誕生日が近いことを知った。

 自分にとってお気に入りの場所を見せてあげたいと……例え弱っていても、草花に囲まれた空中庭園で夜景を眺めたいと、そう思っていたのに……。

 ジョーカーの気に毒された花たちは、その願いを叶えることなく一生を終えてしまった。
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