とある短編の創作小説U
□スマプリ!SP(01)
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季節は春。
この七色ヶ丘市の町中を、一台の引っ越しトラックが走り抜けていく。
その後ろを、更に一台の自動車が追いかけていった。
七色ヶ丘中学の前を走り抜け、車内では絵本が大好きな女子中学生“星空みゆき”が新しい地での生活を楽しみにしていた。
星空みゆき「わぁ〜!」
星空育代「みゆき、窓から顔を出してると危ないわよ?」
星空博司「まぁ、ワクワクする気持ちは分かるんだけどね」
母の育代と父の博司が会話する中、大人しく顔を車内に引っ込めたみゆきは、それでも窓の外を見やっていた。
星空家が七色ヶ丘市に引っ越してきた本日、みゆきの胸の内は新生活のことでいっぱいだった。
星空みゆき「(ここで絶対に見つけてみせるもん…。わたしの、本当のウルトラハッピーを…!)」
そんなみゆきも、想像することは出来なかっただろう。
まさか、この場所で自分がとんでもない組織と関わり合いを持ってしまうことに……。
引っ越しの準備が一息ついたところで、登校予定の七色ヶ丘中学までの道のりを確認しようと散歩に出かける。
複雑な道ではないが、それでもまだ知らない地域だ。
地図を片手にあっちへこっちへと首を忙しく巡らせながら、七色ヶ丘商店街の中を歩いていく。
星空みゆき「う〜ん……ここは、えーっと………あ…!」
ふと、商店街にある一軒の書店に目が留まった。
どうやら絵本専門の書店のようで、みゆきの目が瞬く間にキラキラと輝いていく。
星空みゆき「絵本専門の本屋さん!? こんな素敵なお店に出会えるなんてウルトラハッピー!!」
学校までの道のりなど頭からポーンッと飛んでいってしまう。
わくわく気分で店内に入ると、思っていたよりも小さなお店のようで中は狭かった。
考えてみれば当然で、絵本専門などお客も入らないだろう。
すると、奥の方から若い青年の店員さんが顔を出してきた。
珍しい名前のようで、胸元のネームプレートには“ウルフルン”と書かれている。
ウルフルン「いらっしゃい」
星空みゆき「こ、こんにちは……」
パンクロッカーのような髪を掻き上げて、青年はレジにスタンバイした。
絵本も気になったが、顔を出してきてくれた青年の名前の方も気になってしまい、気付いた時には既に質問していた。
星空みゆき「あの…、それって本名ですか…?」
ウルフルン「あ?」
星空みゆき「え? あ、いや……その…お名前が…」
みゆきが何を聞いてきたのか理解したらしく、青年は苦笑いを浮かべて返答した。
ウルフルン「これが本名だと思うか? こんなモン、ただの愛称だっつーの。こういう店で働く以上は、そういうモンが必要なんだよ」
要するに、保育園で保父さんや保母さんの名札のようなものだろう。
当然ながら、ウルフルン、という名は本名ではないらしい。
ウルフルン「つーか、ここらじゃ見ない顔だな……最近、越してきたのか? 学校は何処だ?」
星空みゆき「あ、はい。星空みゆきって言います。明日から、七色ヶ丘中学に通うんです」
ウルフルン「七色ヶ丘中学、か……。もしかして、二年生か?」
星空みゆき「え? はい……そうですけど……」
妙な質問だと思った。
そもそも、引っ越してきたことを訊ねる分には理解できるが、どうして通学先の学校まで訊いてきたのだろうか。
何だか嫌な空気が流れるかもしれないと察知したみゆきは、早々にこの店を出ることにした。
星空みゆき「あ、あー、そうだ! わたし、学校までの道のりを覚えなくちゃいけないのでッ。失礼します!」
ウルフルン「あ、おい」
ウルフルンの声も聞かず、みゆきは店の外に飛び出していった。
せっかく見つけた絵本専門書店だったが、どうにも次回から入りづらくなってしまった。
星空みゆき「はっぷっぷー……」
チラリと背後を確認して、とりあえず店の場所と店名だけは確認しておく。
絵本専門書店“キャンディ”とは、今後も深く関わり合いを持つことになる。
その事実を、まだみゆき自身は知らない。
そして迎えた登校初日。
ガチガチに緊張していたものの、何とか自己紹介を終えて学校生活を送ることが出来た。
というのも、少し陽気なクラスメートの支援があったからだった。
星空みゆき「はぁ〜……乗り切ったぁ」
日野あかね「お疲れさん」
前の席から声がかかる。
“日野あかね”という名の彼女こそ、みゆきを支援してくれたクラスメートだった。
ここは思い切って最初の友達関係を築く第一歩を踏み出すところだろう。
星空みゆき「あ、あの……日野さん。もし良かったらなんだけど、学校の中とか案内してもらえないかなぁ〜、なんて」
先に言及しておくと、こういった頼み事ならば日野あかねは断らない。
余程の用件や先約がない限りは……なのだが、生憎と今日は無理があったらしい。
日野あかね「あ〜、アカンわ…。残念やけど、ウチこれから用事があんねん。ごめんな」
星空みゆき「え、あ、そうなんだッ。なら仕方ないよねぇ」
幸先が悪い。
そんなことを思っても仕方がないが、初っ端から思いっきり転んでしまった気分だった。
星空みゆき「(はっぷっぷー……)」
他に声をかけられそうな人も見つからず、下校時間は過ぎていく。
今日は仕方がない。
そう思ってみゆきは鞄を手に取ると一人で下校することを決めたのだった。
七色ヶ丘中学から七色ヶ丘商店街までは遠くない。
そこを通って、色々なお店を見て回って行こうと考えたみゆきは一人ショッピングを楽しんでいく。
今みゆきが歩いているのは、商店街の中心に位置する大きな交差点の角。
そこに建つ、少し大きめのショッピングモールの三階だった。
言わずもがな、ここにもたくさんの絵本を取り扱っている書店があったのだ。
星空みゆき「わぁ〜! まだ読んだことない本がいっぱ〜いッ」
手にとっては眺めて読んでを繰り返していると、不意に“あること”に気が付いた。
星空みゆき「………あれ…?」
何処かで見たことがあるような警備員がいる。
万引き防止対策か、それともただの警備なのか、この三階の至る場所で見かけてきた警備員だったが、その内の一人に既視感があった。
星空みゆき「ん〜〜〜?? あ!」
その答えを探し当てて、思わずみゆきは駆け寄っていった。
星空みゆき「えーっと……黄瀬さん、だよね?」
黄瀬やよい「え? あッ」
警備員姿の少女“黄瀬やよい”は、あかねと同じくみゆきのクラスメートだった。
自己紹介の際に、みゆきへと話しかけてくれていたため顔を覚えていたのだ。
星空みゆき「もしかして警備員のバイト? あれ? でも中学生なのにバイトって……。それに、警備員ってバイトで雇うものだっけ?」
黄瀬やよい「あ、えええ、えーっとッ。ち、ちょっと知り合いに頼まれててッ。学校には、内緒でやってることなのッ」
星空みゆき「あ、そうだったんだ。驚かせちゃってごめんね」
黄瀬やよい「う、ううん。大丈夫だよ。あ、あははは……」
その後、二言三言“頑張ってね”的な会話を続けた後、お仕事の邪魔になるだろうから、とみゆきは去って行った。
その後ろ姿を見たやよいは、ホッと胸を撫で下ろすと同時にトランシーバーを構える。
黄瀬やよい「こちらピース、マーチどうぞ」
連絡してから一秒後、トランシーバー越しの通達が交わされる。
緑川なお『こちらマーチ』
黄瀬やよい「転校生と遭遇しちゃった…。三階の書店で本を選んでるみたい…」
緑川なお『そっか…。ピースはそのまま目標確認まで待機してて。ここはあたしが行く』
黄瀬やよい「お願いね」
通信を断った後、やよいは再び勤務に戻る。
警備員の格好をして、目標とされるものを見つけ出すまで。