とある短編の創作小説U

□怪物幼女
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 この食べ物だけは、絶対に口にしてはいけないよ?

 一度でも体内へと取り込めば、神ならぬ身にて神の力を宿すことになる。

 そうなれば最後。

 もう君は天界の住人でいることは絶対に許されない。

 神は絶対に、君を許してはくれない。

 “永遠の命”と言う“呪い”と共に、この世界を永遠に生き続けなければならないのだ。

 “不老不死”と成り果てて、自らの最期を永遠に手放すのだ。







 初めて“それ”を見た時から興味があった。

 水色なのに、向こう側が見えるくらい透明で。

 塵一つないのに、フヨフヨと浮いている何かがあって。

 液体なのに、傾ければ水飴やハチミツのようにドロリとしていて。

 見ただけでは味なんて分からないから、一口でいいから飲んでみたくて。







 初めて“それ”を見た時から興味があった。

 果物に見えるけど、お菓子にも見えて。

 茶色や黒色をしていたけど、不味そうには見えなくて。

 もちろん固体だけど、まるで気体のように軽くて。

 どんな中身なのか、という好奇心もあって、もちろん味も知りたくて。







 全ては興味関心。

 幼い人間ならば誰もが持っている、そこにある物に興味を示しただけの好奇心。

 当時三才だったというのならば、それは尚更に強い感情だった。



 でも、許されなかった。



 それを口にしてしまった瞬間、辺りを包んだのは憤怒と失望。

「こいつッ、あれを食べたぞ!!」

「あぁ、わたしも見た!」

「何ということをッ」

「幼子だったとはいえ、所詮は欲深の人間か」

「この年で不老不死を求めるなど、なんと愚かなッ」

「忌々しいッ。天界の恥晒しだ!!」

 周囲が何を言っているのか分からなかった。

 当然だ。

 だって、まだ当時は三才の人間だったのだから。

「殺せ!!」

「無駄だ。あれを口にしたのなら、もうどんな手を施そうとも絶対に死なないッ」

「不慮の事故も疫病も、寿命なんて言わずもがなッ。もうそいつの生命を奪う術は断たれたのだ!」

「ええいッ、許せん!!」

「追放だ! 天界から永久追放しろッ!!」

「生まれ故郷の人間界を、その身に受けた呪いと共に生き続けるがいい!!!!」

 わけも分からず抱え上げられ、天界と呼ばれる世界から真っ逆さまに人間界へと堕とされた。

 三才だった“それ”は泣き叫び、母を呼ぶように手を伸ばし続けたが、誰もその手を取る者はいない。



 人間界の英国に生まれ、英国王室にて食された赤ん坊は、その魂を天界で引き取られ、三年もの間を生きてきた。

 たった一度の禁忌を犯し、育ちの世界から生まれ故郷へと強制的に還された少女が、自分の身に起きたことを理解するまで……。



 約百年の年月を有するのだった……。







 “殺され屋”と聞いて、何を思い浮かべるだろうか?

 そんな珍妙奇天烈な看板を掲げたプレハブ小屋の中で、リリス・トリマーは生活していた。

リリス「いらっしゃいませ♪」

 白い髪を腰まで伸ばした、真っ裸の少女。

 否、外見年齢が三才児であることから幼女と表記した方が正確かもしれない。

 尤も、その外見年齢を反比例するように胸元だけは発育が進み、誰もが認めるロリ巨乳体型であったわけだが。

リリス「お客様〜! 本日はどんな殺し方になさいますか?」

 リリスの前に並べられているのは、その手の趣味を持つ者が見たら品定めに時間を有するほどの拷問具。

 刃物や銃器は当たり前。

 溶解用のガスバーナーから解体用チェーンソー。

 この世に存在する数多の虐殺用具が揃っていた。

リリス「さぁ! わたしを殺してください♪」

 その幼女は、笑顔で接客文句を述べる。

 頭がおかしな子ではない。

 絶対に死なない……否、絶対に“死ねない”体をフル活用した商売。

 天界を追放されて数百年が経った今、自分自身の事情を知ったリリスの私生活は必死だった。

 こんなことをしなければ生活できないのか、と問われれば首を横に振るだろう。

 飢死はありえないし、病死もない。

 何もしなくても死なないのだから、生活する必要だってない。

 それでも、リリスは狂った商売生活を続けてでも人との関わりを断とうとはしなかった。

リリス「ぐぼぇ!」

 頭を割られ、手足を引き裂かれ、目玉を抉られて、舌を抜かれて。

 骨を折られて、胃を潰されて、胸を握られて、背中を削がれて。

 髪を頭皮ごと剥がされようと、乳房を勝手に持ち帰られようとも、首を消し飛ばされようとも。

 リリスの体は、心臓があったであろう場所に血肉が集まって再生する。

 心臓を潰そうと変わらない。

 潰された心臓が一点に集まり、その場所から再びリリスは再生する。

リリス「ケホッ、コホッ。んんッ。ありがとうございました♪」

 化け物だ。怪物だ。妖怪だ。

 気味が悪い。気色悪い。気持ち悪い。

 数えきれない暴言を吐かれ、嫌悪以外の目を向けられたことはない。

 それでも、リリスは人と関わりたかった。

リリス「また……お越しください…ませ…」

 いつか、きっと……。

 こんな自分自身に興味を持ってくれる人が現れたら……。

 あの時、天界で“ネクタル”と“アムブロシア”に興味を持ち、手を伸ばしてしまった自分のように……。

 死なない体だけを見て興味を持つのではなく……。

 他の誰でもない“リリス・トリマー”自身を見て接してきてくれる人が現れたら……。

リリス「…………」

 リリスは待ち続けた。

 “殺され屋”を止めて、数々の世界を渡り歩いて、いつしか“見世物小屋”の評判商品になるまで……本当に長い間を待ち続けていた。



 そして、現在……。







 朝日が木漏れ日となって降り注ぐ、とある世界の森の中。

 リリスは、深緑色のコートに抱き着くような体勢のまま目を覚ました。

リリス「う…んん……。朝…?」

 そう言って目を開けた時、目の前にあったのは脇差の刃。

リリス「……え? ぐぼぇ!!」

 疑問の声を上げた瞬間、右目を抉る形で容赦なく刃が突き刺さる。

アダム「え? じゃねぇよ、ボケが。コートから手ぇ離せ」

リリス「あぅあぅあぅ。前が見えないよぉ〜」

 リリスからコートを奪取したアダムは、脇差は顔に刺さったままゾンビのようにフラフラしているリリスを蹴り飛ばす。

 首を踏みしめて脇差を引き抜くと、見る見る内にリリスの顔が元通りに再生した。

リリス「あ! アッくん、おはよー♪」

アダム「……」

リリス「え〜ん! 無視しないでよぉ〜、ぐぼぇ!!」

アダム「ちったぁ、黙ってろクソガキが」

 アダムの容赦ない斬撃がリリスの体を真っ二つにする。

 薄汚れた白いワンピースまで斬り裂かれるが、それも含めて再びリリスは再生する。



 これが、今のリリスの現状。

 不老不死の体ではなく、リリス自身の出生と天界での生活に着目して手を差し伸べてくれた、初めての人。



リリス「アッくん! 次は何処の世界に行くの?」

アダム「うっせぇ、死ね」

リリス「にぱー♪ ぐぼぇ!」

 リリスの脳天に脇差を刺したまま、アダムはスタスタと森の中を歩いていく。

 脇差を頭から引き抜きつつ、裸足でペタペタとリリスが追いかける。





 故郷の世界に還る術と、天界に住まう“神様”の殺害を志す不老長寿の青年、アダム・アイファンズ。

 そんなアダムに惹かれ、人間らしく恋をして、何があっても離れないことを誓った不老不死の少女、リリス・トリマー。

 “世界”という垣根を易々と超えていく二人の旅路は、まだまだ始まったばかりだった。

リリス「アッくん! 大好kぐぼぇッ」

アダム「黙れクソガキ」
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