とある短編の創作小説U
□輪廻転生の約束
1ページ/3ページ
とある冬の出来事。
青木家の居間にて、れいかはやよいから借りた小説を読んでいる最中、その傍ではジョーカーが畳の上をゴロゴロと転がっていた。
ジョーカー「れいかさ〜ん、退屈です〜。遊んでくださいよ〜」
青木れいか「…………」
ジョーカー「む〜、つまらないですねぇ」
実を言えば、別に無視しているわけではない。
その証拠に、れいかはジョーカーの発言に無言で返していたものの、その手はヒタッとジョーカーに向けられている。
曰く、今は読書中です、と示しているようだった。
無視しているのではなく、単に読書に夢中でいるだけのれいかだったが、結局のところジョーカーが退屈している現状に変わりはない。
何気なく縁側に顔を出し、庭の様子を眺めている。
十二月に入り、肌寒さが強まった外の風を浴びる中で、ジョーカーは藁囲いが施された大きな花に視線を向けた。
ジョーカー「おや。寒牡丹の花が咲いていますねぇ♪ もうそんな時期になりましたか」
青木れいか「……!」
ジョーカーの何気ない発言を聞いたれいかは、ここでようやく顔を上げた。
秋の終わりに蕾をつけていた寒牡丹が、どうやら花を咲かせていたらしい。
青木れいか「……どこですか?」
ジョーカー「え? あぁ、ほら。あそこですよ」
自分も見てみようとジョーカーに近付き、二人揃って縁側に並ぶ。
赤や黄色、白色の寒牡丹が並んでいる中で、濃い紫色と薄水色の寒牡丹が並んでいる光景が二人の目に止まった。
青木れいか「……ジョーカーは、輪廻転生を信じますか?」
ジョーカー「はい?」
そんな時だった。
この状況と何の関係があるのかも分からない問いを、れいかが不意に投げかけてきたのは。
ジョーカー「また唐突ですねぇ。そもそも、ワタシに“死”の概念を問うなど」
輪廻転生とは、即ち“生まれ変わり”の意である。
命あるものは必ず死を迎えるが、魂だけは次なる命にも受け継がれ、また新しい一生を迎えていく。
バッドエナジーを源にし、人々の負の感情の集合体のような存在のジョーカーに“命”に値するものがあるのかも疑わしい。
そんな彼に、れいかは輪廻転生を問うたのだ。
ジョーカー「…………」
しかし、ジョーカーは即答しなかった。
信じている、信じていない。
二者択一の問題など簡単だったが、今回の問題ばかりはジョーカーにも思うところがある。
れいかは覚えていなくても、ジョーカーだけは覚えている大昔の出来事を……。
れいかやジョーカーが存在している現代とは、何世代も前の昔のこと。
当時の青木家には、紫水浄と名乗る西洋の男が滞在していた。
紫水浄「…ふわぁ〜ぁ………」
あくびをしながら青木家の廊下を歩く。
冬も真っ只中を迎えた十二月の中旬。
朝や夜は当然ながら、昼間だろうと寒さが襲う時期にもかかわらず紫水は体を震わせることもなく台所へと踏み込んできた。
青木麗華「あ、紫水様。おはようございます」
紫水浄「おはようございます、麗華さん。ですが、もう時刻は昼時なんですけどねぇ」
青木麗華「起こしても起きなかったのは紫水様なのですよ? また夜更かしでもしていらしたんですか? ふふ」
青木家の娘、青木麗華と何気ない挨拶を交わす。
紫水が青木家を訪れた頃、麗華は紫水に普通とは異なる気持ちを抱き、それは居心地の良さを感じられない時まであっただろう。
だが、それらは先月に起きた青木家の事業上での争いを経て解消されている。
麗華が睡眠薬入りの葡萄酒を飲まされて拉致された際、紫水が救出に出向いた一件から二人も関係は進展したのだ。
あなたが望む限り、永遠にあなたの傍にいます。
その誓いは、二人が互いを想い合うことの証明に十分すぎる力を持っていた。
そんな出来事があった今現在、紫水は台所に立つ麗華の手元を見て気付いた。
紫水浄「おや、お料理ですか?」
青木麗華「それほど大きなことではありません。これはお菓子です」
言うならば、餡子を主体とした和菓子作りだった。
楊枝を器用に使い、柔らかな生地に装飾を施しているのだ。
和菓子にとって見た目の華やかさは基本中の基本である。
紫水浄「器用ですねぇ。それは花か何かですか?」
青木麗華「これは“春の雪”というものです。お花の型は“牡丹”ですね」
仕上がった和菓子の一つを皿に移し、楊枝を添えて紫水へと差し出した。
紫水浄「む〜……出来上がりの過程を見ていた分、これでは食べてしまうのが勿体ないですね」
青木麗華「和菓子とはそういうものなんですよ。どうぞ、お召し上がりください」
麗華に進められるまま、紫水は和菓子を口に運ぶ。
言うまでもないが、美味くないはずがない。
青木麗華「よろしければ、紫水様も作ってみませんか? 工程を覚えてしまえば簡単ですよ」
紫水浄「いいですね。では、失礼します」
結論から言えば、麗華から教えることは少なかった方だろう。
テキパキと作業を進める紫水は、麗華が目を丸くしている目の前で華やかな装飾を施した一品を瞬く間に作り上げてしまったのだ。
紫水浄「さぁ、麗華さん。今度はあなたがお召し上がりください」
青木麗華「…………出来上がりの過程を見ていましたし、食べてしまうのが勿体ないです」
紫水浄「和菓子とは、そういうものなのでしょう? んふふ」
二人が互いの手作り和菓子に舌鼓を打っていた時、外には雪が降り始めていた。
通常、牡丹が咲くのは寒牡丹や冬牡丹などの一部を除いて、四月から五月の春のこと。
春に咲く花を冬の季節に和菓子として華やかに作り上げたからこそ、それを“春の雪”と名指したのかもしれません。
紫水浄「あぁ、そういえば……和菓子とは本来、茶道に用いるものでしたね。お茶でも如何ですか?」
青木麗華「まぁ、頂けるのですか?」
紫水浄「西洋式ですがね♪」
そう言って紅茶を差し出した紫水に、麗華はフワリと微笑んだ。