〜The Last Decor〜

□26 春休み最終日
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 春休み最終日。

 青木家の一室に敷かれた布団に横たわっていたジョーカーが、ようやく目を覚ました。

ジョーカー「…………」

 視線を泳がせてみれば、れいかの姿が傍にあることが確認できる。

 れいかは、ジョーカーの意識が戻ったことに気が付くと慌てて携帯を取り出して連絡を入れる。

 相手は言わずもがな、プリキュアの面々だった。







 バッドエンドプリキュア襲撃後、ジョーカーは意識を失っていた。

 今日この日に至るまで眠り続けていたジョーカーを余所に、少しだけ状況把握が進んでいたようだ。

青木れいか「ジョーカー。体の調子は如何ですか?」

ジョーカー「………傷は、ようやく回復しました…」

 ようやく回復した。

 以前なら、一度でも指をパチンッと鳴らせば再生できたかもしれない傷。

 しかし、今は違う。

 何度も指を鳴らしてみても、傷が治るどころかトランプすら一枚も出現しない。

 虚空から剣を取り出すことも、おそらく飛行することも出来ないだろう。



 今のジョーカーは、完全に“普通の人間”と同じ状態に立たされていた。



ウルフルン「オマエだけじゃねぇぞ。オレたちも同じだ」

 青木家に到着した皆を前に、ウルフルンがジョーカーの心中を察して話し出す。

 ウルフルンもアカオーニもマジョリーナも、そしてキャンディも。

 ジョーカーと同じように力を失った。

ジョーカー「……その姿には変身できるのですか?」

アカオーニ「オニ…。俺様たちにも残されてる力はあったオニ」

マジョリーナ「あたしも“マジョリーナタイム”や、今まで通りの発明や調合は出来るだわさ」

キャンディ「でも……魔法らしい魔法は全部使えなくなっちゃったクル……」

ジョーカー「………そう、ですか…」

 察するに、妖精たちとジョーカーの身から奪われたのは“戦術能力”に特化した力のみ。

 妖精の姿から三幹部の姿に変身することは出来るし、魔法アイテムを作り出すこともできる。

 しかし、基礎的な戦闘能力や戦術は何一つ行使することが出来なくなった。

 日常において最低限の力が残されていたことが不幸中の幸いだったが、飛ぶことも出来なくなった“普通の人間並み”の今では脅威に立ち向かう術はない。

ジョーカー「……ワタシが眠っている間に…、何かありましたか…?」

青木れいか「安心してください。今のところ、バッドエンドプリキュアからの襲撃はありませんでした」

日野あかね「せやけど、また近い内に襲ってくることは間違いないで」

緑川なお「ジョーカーも目を覚ましたんだし、そろそろ敵の状況を知っておかなくちゃ」

 なおの発言を待っていたかのようなタイミングで、部屋の外から一人の青年が姿を現す。

 キョトンとするジョーカーだが、みんなは青年が入室してきても顔色を変えない。

ジョーカー「…? どなたですか?」

 執事服に身を包んだ長身の青年は、黒いマッシュショートを掻きながら頭を下げる。

 その際にメガネが下がったようで、慌てて掛け直しながら自己紹介を始めた。

ジーク「はじめまして、ジョーカーさん。僕は“ジーク”って言います。宜しくお願いします」

ジョーカー「………?」

 緑色の瞳孔が映える三白眼を持っていたが、見るからに敵意はない。

 困り顔がデフォなのか、常にオドオドした様子なのだった。

黄瀬やよい「ジョーカーが気を失ってた時に、わたしたちを助けてくれたんだよ」

ジョーカー「彼がですか?」

星空みゆき「あー……ちょっと違うかも。ジークくん。ほら、メガネ外して髪掻き上げて」

ジーク「あ、はい。失礼します」

 みゆきに促されるまま、ジークは黒縁の伊達メガネを外した後に髪をオールバックに掻き上げた。

 すると、緑色だった瞳孔が赤色に染まり、表情も別人のように切り替わる。

ハイネ「……それじゃ、こっから先は俺の出番か」

 先ほどまで礼儀正しく着ていた執事服が見る見るうちに崩れていく。

 態度が一変したジークを見て、ジョーカーも開いた口が塞がらない。

青木れいか「彼は、いわゆる“二重人格”なのです。緑色の瞳の際は“ジーク”に、赤色の瞳の際は“ハイネ”に、それぞれ人格を変えることが出来るそうです」

ジョーカー「………なるほど…」

ハイネ「てめぇが気ぃ失った後のことは話したんだ。もう一度説明すんのも面倒だが、簡潔に話してやるよ。あとは勝手に付け足しとけ」

日野あかね「もう完全にジークとは別人やな。さっきまでの礼儀正しさが微塵もないで……」

 あかねの発言を無視して、ハイネはジョーカーが眠っていた際に説明した内容を簡単に話し出した。

 今後の敵、バッドエンドプリキュアに関する状況は以下の通りだった。





 全ての始まりは三ヶ月前。

 人間界より飛来した“負の感情”の塊が、バッドエンド王国に漂流。

 必然か偶然か、その塊はジョーカーが保管していた赤っ鼻の一つと混ざり合ってしまい、結果としてバッドエンドプリキュアが誕生した。





ハイネ「心当たりがあるらしいなぁ? 他の連中から聞いたぜ」

ジョーカー「……クリスマスの時に…ウルフルンさんたちから排出した力、ですね…」

ウルフルン「やっぱりそれが原因か……」

 去年のクリスマスに、ジョーカーはウルフルンたちから“負の感情”を取り出した。

 その後始末だが、もう二度と取り込んでしまわないためと思って遥か彼方へと投擲してしまったのだが……どうやらバッドエンド王国に漂流していたらしい。

 キュアデコルと含んだ赤っ鼻と混ざり合ってしまった力が、バッドエンドプリキュアが誕生した全ての原因だったのだ。

緑川なお「そもそも“バッドエンドプリキュア”って一体何なの?」

ジョーカー「……彼女たちは、アナタたちプリキュアを倒すために用意したワタシの最終兵器でした…。敵意を失った今になって、こんな形で顔を合わせるとは思いませんでしたが……」

星空みゆき「わたしたちを倒すための、最終兵器?」

 当然ながら、もうジョーカーにはバッドエンドプリキュアを行使するつもりなどなかった。

 ウルフルンたちから排出した“負の感情”も、本当に処分するつもりで投げ放ったに過ぎない。

 まさかこんな事態になるとは予想もしていなかったのだ。

ジョーカー「バッドエンドプリキュアの力は絶大です。アナタたちが打ち勝つ見込みを最大限に排除して作り上げていたので、そう簡単に倒せる相手では……」

ハイネ「それだけだったら、まだマシだったんだけどな」

 ジョーカーの言葉を遮るようにして、ハイネが溜息混じりに口を挟む。

 その発言を聞いた皆は首を傾げ、アカオーニが聞き返す。

アカオーニ「どういうことオニ?」

 どうやら、ここから先はまだ話していない内容のようだ。

ハイネ「ジョーカーも目覚めたんだ。やっと敵の全貌を話せるってわけだ」

 みんなの注目を集めたハイネは、三ヶ月前から今に至るまでバッドエンド王国で起きていた出来事を話し始める。

 そしてそれこそが、プリキュアのみんなが新たに立ち向かわなくてはならない敵の全貌だった。

ハイネ「全ては三ヶ月前だ。バッドエンドプリキュアが生まれてから、この悪夢は始まった……」
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