〜The Last Decor〜

□31 甘えられない時間
1ページ/4ページ


 ゴールデンウィークが迫る四月下旬。

 青木れいかはモヤモヤした気持ちを抱いていた。

青木れいか「…………」

 教室の一角に目を向けてみれば。

星空みゆき「あれ? ここの公式って、えーっと……」

ルン太郎「前に教えただろ。そこはこっちを当てはめてだなぁ」

星空みゆき「なるほど、分からん」

ルン太郎「おい」

 そして、また別の一角を見てみれば。

赤井鬼吉「やよい、帰りは予定あるオニ? そろそろインクがなくなる頃オニ」

黄瀬やよい「あぁッ、そうだった! じゃあ、ついでに買い物も行ってきちゃおうか」

赤井鬼吉「分かったオニ♪」

 この光景を踏まえた上で、自身の隣りへと視線を向ける。

 そこには……誰もいなかった。

日野あかね「んあ? れいか、どないしたん?」

緑川なお「何か元気ないみたいだけど、気分でも悪いの?」

青木れいか「……いえ…、何でもありません…」

 厳密に言えば、誰もいないわけではない。

 ただ“そこにいてほしい人”がいないだけだった。

魔城理奈「…………」

張梅まもる「理奈ちゃん。れいかちゃんって、もしかして寂しいのかなぁ?」

魔城理奈「え? あ、あぁ……まぁ、そうだろうね」

 あまり親しくないため、まさか話しかけられると思っていなかったが、理奈はまもるの問いに肯定した。

 教師という立場を選んだジョーカーは、れいかが寂しい思いをしていることを知っているのだろうか?







 放課後になり、れいかは生徒会室に向けて廊下を歩く。

 生徒会長として、この学校を良き道へと導く務めは怠らない。

青木れいか「………あ…」

ジョーカー「おや、れいかさん。ごきげんよう♪」

 その道中、偶然にも書類の束を抱えたジョーカーと出くわした。

 さっきまで晴れていなかった心の内がパァッと晴れていく感覚に包まれた、その瞬間……。

女子生徒A「ジョー先生〜! 英語の問題集、質問いいですかぁ〜?」

ジョーカー「ん? はいはぁ〜い、何処ですかなぁ〜?」

女子生徒B「あぁッ、ずるいずるいッ。先生〜、あたしのも見てよ〜」

女子生徒C「じゃあ、その次はわたしね!」

ジョーカー「分かりましたよぉ。こうなったら、みなさん同時に見て差し上げますから♪」

青木れいか「…………」

 晴れそうだった心が、一気に曇っていく様子を感じる。

 教師という立場を考えれば自然なこと。

 教師が教え子の質問に答え、分からない問題を一緒に解いて指導する。

 そんな当たり前の光景が、れいかの心を締め付けてくるようだった。

青木れいか「……生徒会の仕事がありますので、失礼します…」

ジョーカー「え? あ、れいかさん…」

 ジョーカーの声も早々に、れいかは再び歩き出していった。

 女生徒に囲まれて教室に連れて行かれるジョーカーの視線は、尚もれいかへと向けられたまま離れなかったっというのに。







 勘違いしてはならないが、別にジョーカーは女生徒だけに人気があるわけではない。


 教師であるはずが、生徒たちとフレンドリーに関わっていく自由気ままな性格。

 そして頭の回転率の高さや持ち前のスタンスを高く評価され、男子生徒も含めつつ他の教師陣からも信頼があった。

 言い換えるならば“面白い先生”というだけであって、意外にも色恋の眼差しがあるわけではないのである。

青木れいか「…………」

 それでも、れいかは面白くなかった。

 みゆきややよいは教室でウルフルンとアカオーニの二人と一緒にいられる。

 でも、ジョーカーが教師で自分が生徒である以上、恋愛模様のような構図は否が応にも避けなければならない。

 ちょっとした悩みが表に出ていたのか、れいかの機嫌は目に見えて日に日に悪くなっていく。

青木れいか「………………はっぷっぷー」

 小声で呟くが、そのセリフは“不満”以外を表していない。

 見るに見かねた理奈が、教室の隅からジョーカーに様子を伺わせてみた。

ジョーカー「これは……」

魔城理奈「これが現状だよ。あんた、気付いてなかったのかい?」

ジョーカー「……いえ、実を言えば薄々勘付いてはいました。ですが、あえて傍観していたのです」

魔城理奈「はぁ? 何でさ?」

ジョーカー「…………」





ジョーカー「自分のことを想って寂しがられるなんて……最ッ高にゾクゾクすると思いませんかぁ〜? んふふふふ♪」





魔城理奈「…………」

 自分を想っての嫉妬も、寂しいと思われる感情も。

 全てまとめてジョーカー自身は楽しんでいたらしい。

 想われて嬉しくなる気持ちは分からなくもないが、楽しんでるのも面白がっているのもジョーカーだけ。

 当人のれいか自身は寂しいままである。

魔城理奈「……そろそろ声をかけたらどうだい? 一緒に暮らしてさえいないんだからさ」

ジョーカー「…ふぅむ……、それもそうですねぇ…。そろそろエサでも与えに行きますか♪」

魔城理奈「あんた、本当にれいかの彼氏かい?」







 バッドエンド王国。

 築き上げられていくのは、辺りの光景から浮いて見えるほど煌びやかで美しき王城。

BEビューティ「美しい……完成が楽しみです……」

スペード「そう思うのでしたら、少しは手伝っていただけませんか? ワタクシだけでは無理もあるのですが……」

BEビューティ「わたしの手など必要ないでしょう。あなたはわたしの配下です」

スペード「無茶を言いますねぇ〜……」

 そう言いつつも、スペードは作業の手を休めはしない。

 更に言えば、城を建てている作業員が自分一人であるにもかかわらず、いまだに涼しげな表情を崩していなかった。

 タキシードの裾を翻しながらクルクルと身を回し、シルクハットを大きく掲げて踊りながら作業を続ける。

 すると、彼の周囲に散らばっていた石材が勝手に動き出し、まるで意思を持っているかのように城の完成に向けて飛び回っているのだ。

BEビューティ「あなたの行動には苦労が見えません」

スペード「んふふ♪ 苦労など、この世に必要のない言葉です。何でも楽して楽しく過ごしましょう」

BEビューティ「……それもそうですね。分かりました、では休憩にしましょう」

 城の完成のため、一分一秒でも無駄にしたくないはずのバッドエンドビューティが休息を提案した。

 これにはスペードも驚いたようだが、せっかくなので甘えておく。

スペード「いいですねぇ〜♪ して、どちらまで?」

BEビューティ「決まっています。この淀んだ空気の流れぬ世界……、晴れやかな人間界でも満喫にし向かいましょう」
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ