〜The Last Decor NS〜
□59 ダイナマイトな夏祭り
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今年も夏祭りの季節がやってくる。
しかし何もかもが例年通りとはいかないようで、その原因もバッドエンドプリキュアによって変わってしまった世界にあるようだ。
緑川源次「っつーわけで、だッ。世界が変わろうと町が変わろうと関係ねぇ。今年の夏祭りは俺たちだって今までにねぇモンを作り上げてやるつもりよッ。バッドエンドだか何だか知らねぇが、七色ヶ丘を好き勝手にさせて堪るかってんだ」
緑川なお「お父ちゃん…。意気込みは分かるけど、あんまりバッドエンドプリキュアを刺激しないようにね…?」
緑川源次「ケッ、んなモン分かってらぁ。けど、良い様にされっ放しってのも癪じゃねぇか」
何をする気なのか知らないが、どうやらバッドエンドプリキュアの支配に治まった状態で夏祭りを開催することが気に食わないらしい。
プリキュアの家族以外の人々は今の環境に疑問を抱いていないが、以前の世界を知ったままの者たちは違和感マックスだろう。
夏とは言えない肌寒い気温。
そんな環境下で何の疑問も持たずに開かれる夏祭り。
これらが全てバッドエンドプリキュアの手の平の上だと思えば、何かしら仕返ししてやりたい。
もしくは抗ってみたいと思うのが緑川源次の心情らしいのだ。
緑川なお「バッドエンドピースが……って、えーっと……」
緑川源次「ピース? っつーと……あのピンク頭の子か? 見るからにアホの子だろ?」
緑川なお「お父ちゃん、色々と訂正して。みゆきちゃんの印象も、ピース=アホっていう発想も。ちなみに、みゆきちゃんはハッピーだからね?」
緑川源次「お? おぉ…そうだったか…」
七色ヶ丘の町そのものを支配しているバッドエンドピースが、裏で何か暗躍しようとしていることは既に知れている。
その状況で開催される夏祭りだ。
何か嫌なことが起きたとしても不思議ではないのかもしれない。
緑川なお「気を付けてね……。何かあったら、あたしたちが必ず駆け付けるからさ」
緑川源次「ってやんでぃ。娘に助けられるほど落ちぶれちゃいねぇよ」
七色ヶ丘商店街の夏祭り。
ジョーカーとマジョリーナは二度目となるが、ウルフルンとアカオーニ、そしてジークの三人は初めてのことだった。
ルン太郎「何だ…見た感じは普通だな…」
星空みゆき「そうだね。バッドエンドプリキュアの支配もあるから、もっと見た目の変わってるのかと思った」
夏祭りの印象は、意外にも去年と変わりない。
もちろん、屋台を開いている人々の中には初を感じさせない厚着を着ている者は多かったが、祭りを楽しむ側の人々は自然なものだ。
浴衣は言うまでもなく、元気に遊び回る子供たちを見るだけでも、この町がバッドエンドプリキュアの支配下であることを忘れてしまいそうになるほどだった。
ルン太郎「そう言えば、みゆきも今日は浴衣なんだな?」
星空みゆき「うん! 変身すると意味なくなっちゃうけど、それまではね♪ どうかな…?」
みゆきも浴衣姿で祭りを訪れていたが、その姿を見た者はプリキュアとキャンディを除けばマジョリーナとジョーカーのみ。
いつもと異なる姿の恋人を前に、ウルフルンだって浮かれないはずがない。
ルン太郎「……似合ってんじゃねぇか…。そういうのも…」
星空みゆき「…えへへ…、ウルトラハッピー♪」
両手で頬を包みながら、ウルフルンと並んで祭りの中を歩く。
ちなみに、今更だがみゆきの傍にはウルフルン以外に誰もいない。
せっかくの夏祭りをみんなで過ごしたかったのだが、世界の事情を考えれば今年の分くらいは我慢しよう。
いつ、何処で、何が起きても早急に対処できるように。
そういう名目で、みゆきたちは少人数で別行動を取っているのだ。
そんな夏祭りを、他の誰よりも警戒しながら満喫している二人がいた。
黄瀬やよい「う〜……むむむ……」
赤井鬼吉「やよい、どんな感じオニ?」
黄瀬やよい「……ダメだ…。見当たらない…」
アカオーニに抱え上げられて、少し高い目線から祭りの様子を窺うやよい。
その目的は、この祭りの中に紛れ込んでいるかもしれないバッドエンドプリキュアの誰かを見つけ出すことだった。
バッドエンドビューティから受けた忠告を誰よりも気にしている以上、こういう場所でも気が抜けない。
黄瀬やよい「お祭りを楽しむのも大事だけど、やっぱり気になっちゃうなぁ……」
赤井鬼吉「俺様も一緒オニ…。初めての夏祭りなのに、これじゃあ落ち着かないオニ…」
バッドエンドピースは近い内に何かを仕掛けてくる。
そのプレッシャーが、やよいとアカオーニの心を圧迫していた。
何をするつもりなのか、最低限の情報くらいあれば気も休まるのだが。
綿飴とチョコバナナを両手に抱えて夏祭りを楽しむ張梅まもると擦れ違いながら、ジークも祭りの中に身を沈める。
ジーク「…………」
今は一人きりだが、もうすぐキャンディと合流する予定だ。
現在、キャンディはジークが背を預けている木の頂きに登っている。
と言うのも、バッドエンドプリキュアを脅威に感じて落ち着かないのはキャンディも同じこと。
近場の木に登って、こっそりと祭りの中を監視しているのだ。
ジーク「(木の下で待ち続けるのも構いませんが……時間が勿体ないですね……)」
ジークは通信機を取り出して……結局使わなかった。
最初はバッドエンドハッピーかバッドエンドピースに連絡して、今度は何をするつもりなのか訊ねようとしたのだが、それも無意味だと咄嗟に察した。
ジーク「(バッドエンドハッピーに連絡すれば、なかなか話が進みそうにありません…。それではキャンディが戻ってきてしまいます」
それに、もし夏祭りに来ていることを知られたら、バッドエンドハッピーはアーサーを巻き込んででも飛んでくるに違いない。
ジークと直接コンタクトを謀るような真似はしないだろうが、万が一にも見つかった時が厄介だ。
ジーク「(バッドエンドピースは素直に教えてくれないでしょう……。裏のに企みは彼女の楽しみでしょうし、誰にも邪魔されたくないはずです…)」
結局ジークは待つしかない。
木の上にいるキャンディも、何か企んでるバッドエンドプリキュアも。
二つの勢力の中心に潜む立場である彼に、落ち着いていられる立ち位置はない。
緑川源次は、今年の夏祭りの最後を飾るために“とあるサプライズ”を用意していた。
緑川源次「…ケッ……、バッドエンドプリキュアの支配だぁ? そんなモンに屈するほど人間は脆弱な生き物じゃねぇってんだよ…」
七色ヶ丘の町は支配されている。
そのことに疑問も不満も抱かず、人々は日常を送り続けている。
源次のように、プリキュアの事情を知る極一部の者たちを例外として。
緑川源次「ある種の挑戦状だ。人間様が作り上げた底力の結晶を見せつけてやらぁ……」
BEマーチ「へぇ〜、そりゃ楽しみだねぇ……“お父ちゃん”♪」
一瞬、源次は背後から聞こえた声の正体を自分の娘だと錯覚した。
同じ声質なのだから仕方ないが、それでも聞き分けられなかった事実に心の底から腹が立った。
娘の声を間違えた自分にも、錯覚させるために“お父ちゃん”などという言葉を選択した背後の人物にも。
緑川源次「……何の用だ…、偽者野郎…」
BEマーチ「酷い言い草だな。仮にもアンタの娘だぞ?」
緑川源次「それ以上口を開くな。テメェみてぇな柄の悪りぃ娘を持った覚えはねぇんだよ」
苛立ちを剥き出しにしながら背後を振り返る。
そこに立っていたのはバッドエンドプリキュアの一人、バッドエンドマーチが……。
頭にお面、右手にヨーヨーと金魚すくいの戦利品、左手にチョコバナナとリンゴ飴、背中に射的の景品を袋詰めして背負った状態で立っていた。
緑川源次「………何気に楽しんでんのか…?」
BEマーチ「お祭りは大好きだからな。特に食べ物が美味い」
そう答えたBEマーチはチョコバナナを口いっぱいに頬張りながら、ウ〜ン♪ と満面の笑みを浮かべてみせる。
見た目は少しだけ異なるが、体格や声質、仕草まで娘と酷似しているところから、ほんの少しだけ源次の警戒心が緩んだ。
本当に“ほんの少し”だが。
BEマーチ「それで? お父ちゃんは一体何をしてるのかなぁ?」
緑川源次「テメェらには関係ねぇモンだ。さっさと消えろ。そんでもって、気に入らねぇから呼び方を改めろ」
BEマーチ「勘違いしているようだな? あたしは質問したわけじゃない」
そういうと、バッドエンドマーチは行動に出る。
片脚を槍のように突き出し、源次の腹部へと勢いよく渾身の一撃を振るい込んだ。
緑川源次「ーーーかッ!! は、ぁぁッ」
BEマーチ「尋問してるんだ。未返答なんて選択は存在しない」
緑川源次「テ、メェ……ッ…!!」
そのまま力なく膝を崩し、倒れ込んでしまった源次は動かなくなった。
生身の人間がバッドエンドプリキュアの一撃を受けて気を失わないはずがない。
BEマーチ「まぁ…、答えなくても予想は出来ている。随分と面白いものを用意したものだな……くふふ…」
源次が用意した品物を見つめて、バッドエンドマーチはニヤりと笑う。
そして、その品物は……リンゴ飴を咀嚼するバッドエンドマーチの手元へと移されてしまったのだった。