モンスター・ロバーズ!

□第06話 眠れぬ不老の料理人
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 貴族。

 そう聞けば、様々なイメージが湧いてくることだろう。

 お金持ち、高貴、煌びやか、かっこいい、エトセトラ…エトセトラ…。

 そんなイメージは人それぞれだが、その裏方のイメージまで湧いてくるものは限られていると思われる。

 例えば、そんな貴族のために働いている、雇われの料理人……。







 キルサン=シルノフ、という料理人は貴族同士の業界では名の知れた料理人だった。

キルサン「失礼致します、ご主人様。ご昼食をお持ち致しました」

 最低限の礼儀と弁えた態度。

 何より、その料理の腕は数多の者たちから認められていた。

キルサン「本日のメニューにリクエストはございますか? お望みとあらば、何なりとご用意致します」

 どんな無理難題でも、それが料理であるならば必ず成し遂げる。

 それだけの腕を持っていながら、雇われの身で落ち着き続けている。

 貴族に雇われている事実に心酔しているのではない。

キルサン「かしこまりました。ご用意致します故、お待ちくださいませ」

 彼には、それ以外にやることがない。

 否、彼には目標などなく、やりたいことすらなかったのだ。







キルサン「お疲れ様。お先に失礼するよ」

後輩の料理人「はい、お疲れ様でした! シルノフ料理長!」

 雇われているお屋敷から出た、満月の夜。

 この日の業務を終えたキルサンは、ただボーッと満月を眺めながら自宅へと向かう。

キルサン(明日のメニューはどうしようか……。そろそろ食材を一新した方がいいか……?)

 考えることは、その大半が仕事のことばかり。

 自分自身のことなど欠片ほども浮かばず、自分を雇っているご主人様の料理のことばかりを思い描いていた。

キルサン(……あ、そういえば臨時で別のお屋敷の使用人を任されるんだった…。少し業務時間を修正しておかないと…)

 料理のことなら腕が何本あっても足りない仕事を抱えている。

 そんな彼の人生において、とあるターニングポイントが迫ってきていた。



 彼の人生そのものを代価にするほど、恐ろしく巨大な折り返し地点が、すぐそこまで迫っている……。



 その事実に、彼が気付けるはずがなかった。







 後日、同じ雇われの身である後輩に業務時間の変更を伝えておいた。

 昨夜に思い出した、別のお屋敷の使用人として働きに行くのだ。

後輩の料理人「シルノフ料理長がいないなんて……。何かあったら、自分はどうしたら……」

キルサン「肩を落とすなよ、大丈夫さ。僕だって始めは失敗したんだし」

後輩の料理人「あ、問題が起きることは確定事項なんですね」

 苦笑いする後輩にキルサンは気軽に肩を叩く。

キルサン「一ヶ月後に戻る。それまで、ご主人様の料理をお作りする、僕の厨房を任せたよ」

後輩の料理人「…はいッ、いってらっしゃいませ!」

 これでは、まるでキルサンがご主人様だ。

 あながち、ここのお屋敷どころか料理業界でも認められる腕を持つキルサンの存在は、見る人によってはご主人様同然なのかもしれないが。

キルサン(まぁ、もう少し肩の力を抜いてくれた方がいいんだけどね……。さて、僕も頑張るか……)

 キルサンは雇われ先のお屋敷を出て、使用人としてヘルプに入る別のお屋敷へと向かっていった。





 そして二度と、キルサンがお屋敷へ戻ってくることはなかった……。







 この世界には、あらゆる賊軍が蔓延っている。

 空を飛び回る空賊。

 海を渡りゆく海賊。

 山を駆け登る山賊。

 そして、領域を限定しない異端の賊軍。

 通称、異賊。

 この賊軍がキルサンの今までの人生を、良い意味でも悪い意味でも狂わせてしまうのは、そう遠くない未来の出来事だったのだ。
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