モンスター・ロバーズ!

□第02話 世界を知らないお嬢様
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 何処を走っているのか分からない。

 屋敷までの帰り道も分からない。

 そもそも、もう自分がどんな状況で、どういう理由で走っているのかも曖昧だった。

 ただイリヤは、怖かった。

イリヤ(………何なんだ、あいつらはッ!?)

 屋敷にはいなかった人種、と言えば聞こえは悪いが、イリヤにはそう表現するしかない。

 柄の悪い、不良と呼べるような人間を見たこともなかったイリヤにとって、あの男たちは怪物にでも見えたのかもしれない。

イリヤ(……外の世界とは、こんなにも恐ろしい者たちで溢れているのか!? そんなこと、本には書かれていなかったのにッ!!)

 夢の見過ぎだったのか、外の世界への期待は過大評価だったのか。

 そんな自問自答を頭の中で繰り返しつつ走っていた時。



 何かに足を引っ掛けて、そのまま前へと思いっきり倒れ込んでしまった。

イリヤ「ーーーうわッ!!?」

ウリヤン「ーーーあ痛ッ!!」



 バフッ!! と倒れ込んだイリヤだったが、不思議と痛みは大きくない。

 何かを下敷きにしたのか、イリヤは無傷で転んでいた。

イリヤ「…ハァ……ハァ……ハァ……び、びっくりした…」

ウリヤン「……それは…、こっちのセリフだ………」

イリヤ「……?」

 身を起こして怪我の有無を確認していると、不意に自身の下から声が聞こえる。

 よく見てみると、イリヤは見ず知らずの男性の上半身に馬乗りになって座っていた。

 どうやらこの男性が地べたに寝そべっていたせいで、イリヤが足を引っ掛けて転んでしまったらしい。

イリヤ「……お、お前…、そこで何をしている…?」

ウリヤン「俺は普通に寝てただけなんだが……」

イリヤ「だから、何故こんなところで寝ていたのかと聞いている」

ウリヤン「俺の勝手だろうが。つーか、さっさと降りろ」

 走り疲れて逃げる体力も気力も失ったイリヤは、目の前の男性を少し警戒しつつ、男の体から降りた。

 腰の関節をコキコキと鳴らした男性は、頭を掻きながら立ち上がる。

ウリヤン「そろそろ、鑑定も終わった頃か……」

イリヤ「…か、鑑定……?」

ウリヤン「こっちの話だよ。じゃあな」

 そう言うと、男はイリヤのことを放って歩き出す。

イリヤ「ま、待て! 私を一人で置いていく気か!? 私は帰り道が分からぬのだ!」

ウリヤン「俺だってお前ん家なんか知らねぇよ」

イリヤ「女の子が夜道で困っていたら、手を差し伸べるのが紳士ではないのか!? 本にはそう書いてあったぞ!」

 ならば先ほどの柄の悪い男たちは紳士に値するのだが、そんなことなど既にイリヤの頭にはない。

 少なくとも先ほどの男たちよりは危険ではない上に、先ほどの男と違って大人(に見える)男性だ。

 責任感のある人間ならば、きっと屋敷まで送り届けてくれるに違いない、とイリヤは甘い考えを抱いている。

ウリヤン「………はぁ…、めんどくせぇなぁ……。先に俺の仕事を済ませていくが、構わねぇな?」

イリヤ「む? それは時間がかかるのか?」

ウリヤン「いや、かかんねぇと思うぜ」

イリヤ「…なら、まぁ、構わん」

 男の隣りに立ったイリヤは、礼儀として自己紹介した。

イリヤ「イリヤ=スカルディーナだ。この町で一番の富豪、スカルディーナ家の長女である」

ウリヤン「はぁ!? お金持ちのお嬢さんかよ!? 更にめんどくせぇことになりそぉだなぁ……」

イリヤ「何をブツブツ言っている。お前も早く名乗れ」

 イリヤに自己紹介を求められ、男は渋々といった様子で口を開いた。

ウリヤン「ウリヤン=アルテミエフだ。覚えなくていいぜ。どうせ今回限りの縁だ」







 町の一角にある鑑定屋。

 別の町や国から持ってきた珍しい品々を鑑定し、換金してくれる店である。

 物々交換も行っているが、ウリヤンの目的は換金らしい。

鑑定屋「お兄さん、お待ちどうさん。いい品を見せてもらったよ」

ウリヤン「そいつぁどうも。そんで? いくらぐらいだい?」

鑑定屋「あぁ、合計で¥300,000ってところだな」

 ちなみに“¥”の読みは“えん”ではなく“ヤクトリ”である。

 今回の場合は“三十万ヤクトリ”という読みになる。

ウリヤン「おぉ、サンキューな」

 金を受け取り、鑑定屋を出たウリヤンは外で待たせていたイリヤと一緒に屋敷に向かう。

イリヤ「お前、屋敷の場所が分かるのか?」

ウリヤン「昼間の内に散歩してたし、大体どこに何があったか覚えてんだよ。一番デケェお屋敷も覚えてるから、多分そこだろ」

 何を換金したのかは知らないが、大きくなった財布を下げるウリヤンを見て、イリヤは好奇心から訊いてみた。

イリヤ「ウリヤンは何を売ったのだ? たったの¥300,000ほどで満足したのか?」

ウリヤン「…………まぁ、不満はなかったはずだが。その発言のせいでショボく思えてきちまったよ」

イリヤ「……?」

ウリヤン「さっさと帰るぞ。箱入りのお嬢さんなら、父ちゃんも母ちゃんも心配してるだろうし」

イリヤ「…………いない」

ウリヤン「あん?」

 不意に声のトーンを落としたイリヤに、ウリヤンはイリヤへと視線を落とした。

 イリヤの顔に感情はなかった。

イリヤ「物心付く頃のことだが、少しだけ覚えている……。私は、お母さんと一緒にいることが多かった……。でもお父さんとは一緒にいなくて、今でも顔を知らない」

ウリヤン「ひでぇ父ちゃんだな。んじゃあ、母ちゃんの方はどうしたんだ? 今は一緒にいねぇみてぇな言い方したけどよぉ」

イリヤ「………お母さんは…もう死んでしまったんだ………いや、ただ死んだんじゃない」

ウリヤン「……?」





イリヤ「お母さんは、殺されたんだ…………恐ろしい、怪物に……ッ」



  【第03話につづく……】
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