モンスター・ロバーズ!
□第04話 世界を知らないお嬢様
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船内に降り立ったバフィトたちに続いて、ウリヤンとイリヤが到着する。
その瞬間、屋敷の方から何十発もの発砲音が響いた。
執事長『お嬢様を連れ戻すのだぁ!! あの異賊を撃ち落とせぇ!!』
バフィト「やれやれ、まいったねぇ……。おーい、キルサーン!」
バフィトの呼び掛けに答え、船内から中国人の正装に身を包んだ男性が駆け寄ってきた。
キルサンと呼ばれた男は、先ほどから響いている銃撃に気付いて用件を理解する。
キルサン「なるほど……おや? そちらのお嬢さんは?」
ウリヤン「あぁ……、新しいお仲間だよ」
バフィト「しかも、お金持ちのお嬢様だ」
イリヤ「……い、イリヤ=スカルディーナだ。よろしく…」
キルサン「お嬢様でしたか。それはご無礼を」
キルサンは軽く一礼する。
しかし、その仕草が見慣れていたイリヤには新鮮味がない。
ポンッ、とキルサンの肩に手を置いたバフィトは、いまだに続いている発砲音に苦笑いしつつ頬を掻く。
バフィト「悪いけど、頼んだよ」
キルサン「了解です」
一言だけ返答したキルサンは、船の淵に立つ。
そんなところに立っていては迫り来る銃弾の的でしかないと思っていた矢先。
何十発もの銃弾が、キルサンに真正面から直撃した。
イリヤ「ーーーッ!? お、おい! 早く助けなければッ」
ウリヤン「助けるぅ? あーあー、必要ねぇよ」
イリヤ「な、何を言ってッ」
キルサン「ご心配なく。心優しいお嬢様」
イリヤ「…えッ!?」
キルサンの平然とした声を聞いてギョッとする。
何十発もの銃弾を浴びていたはずの彼の体には、血が流れているどころか傷一つ付いていない。
キルサンの異常なほど硬い肉体が、真正面から迫る全ての銃弾を、問答無用で跳ね返していたのだ。
正しく、船の盾そのものの役割だった。
イリヤ「………怪物……」
ウリヤン「間違っちゃいねぇが、お前もその一員に加わるってことを忘れんなよ」
イリヤ「……あ…」
イリヤが立っているのは、牢獄のような屋敷ではない。
世界で最も異常とされる賊軍の船。
ウリヤンという怪物と出会ったことで、イリヤは異賊に入団することになったのだった。
イリヤにも個室をくれる、とのことで、今現在ウリヤンと一緒に部屋まで向かっているイリヤ。
その途中、いつの間にかボリスが同行していることに気付いた。
さっきまではいなかったはずだが、どうも彼は神出鬼没らしい。
ボリス「これ、今回の金品」
ウリヤン「ん? おぉ、サンキュー。ていうか、これイリヤん家のだよな……」
少しだけ複雑そうな顔をしているウリヤンの傍で、またいつの間にかボリスは姿を消した。
彼もまた“普通じゃない”のだろう。
イリヤ「そういえば、あの財布はキルサンとかいうやつに渡していたな…」
ウリヤン「あぁ、大体が食費に消えるからな。専属料理人をやってもらってるキルサンに渡しておく方が一番なんだよ」
イリヤ「……さっきのボリスというやつは、賊軍らしく盗みが担当なのか…?」
ウリヤン「正解。ボリスが盗んで、俺が次の町で換金して、その金をキルサンに渡して飯を食う。それが俺たちの基本的な生活サイクルだ」
そんな話をしている内に、イリヤに与えられた部屋の前に到着した。
屋敷にあった部屋と比べて狭すぎるが、これが普通の大きさなのだろう。
屋敷の部屋の方が広すぎたのだ。
イリヤ「……どうして、賊軍なんかやっているのだ? 別に盗む必要などないだろうに……」
ウリヤン「……俺たちはな…“とある秘宝”を探してんだよ。そして、いつの日かそれを盗み出す」
イリヤ「…とある秘宝?」
ウリヤンは部屋の中にあった寝台を促す。
既に深夜、もう寝る時間だとでも無言で言っているようだ。
ウリヤン「通称“幻の魂”…。正式名称も物の形も大きさも、そもそも物として実体があるのかも分かってない…。だが、一つだけ分かっていることは“どんな願いも叶えてくれる”ってことだ」
イリヤ「どんな、願いでも……?」
ウリヤン「この船に乗ってる奴らは、全員じゃねぇかもしれねぇがそれなりの願望を持ってる。だからこそ“幻の魂”を追い求めて、他の賊軍より先に見つけ出そうとしてんのさ。ボリスに任せてる窃盗なんて、ただの通過点さ」
寝台に入ったイリヤに、ウリヤンは掛け布団を被せる。
軽い調子で、おやすみ〜、と言いつつ部屋を出ていこうとするウリヤンの背中に、イリヤは思わず問いかけた。
イリヤ「……ウリヤンは、どんな願望を持っているのだ…?」
ウリヤン「………」
イリヤの部屋を出たウリヤンは、扉を閉める瞬間に返答した。
ウリヤン「…人間に、なりてぇのさ………」
パタンッ、と静かに扉が閉まる。
初めて屋敷以外で過ごす夜に、これから始まる新しい生活に。
イリヤは、なかなか寝付くことができなかった。
【第05話につづく……】