モンスター・ロバーズ!
□第05話 花見の話
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満開の桜を下で始まった宴会。
総勢八人となった異賊の皆で、こうして外で食事するのは意外にも初めてだった。
イリヤ「というより、私は外食もしたことがないからな」
ウリヤン「ならいっぱい食っておけ。早くしねぇとワルワラに全部持ってかれちまうぞ?」
ワルワラ「早いもの勝ち。食事は戦争」
バフィト「もっと平和的に食べようよ」
ふと、イリヤは桜の木の下にいるキルサンを見つけた。
今思えば、イリヤはキルサンが皆と一緒に食事しているところを見たことがない。
今だって、食べ物どころか甘酒すら手にしていない。
ただボーッと桜吹雪を見つめているだけなのだった。
イリヤ「……どうした、キルサン」
キルサン「…おや、お嬢様。どうした、とは、何がでございますか?」
イリヤ「何か食べんのか? 皆は楽しく食事しているぞ?」
キルサン「………お心遣い、ありがとうございます…」
キルサンは一瞬キョトンとした表情を浮かべた後、すぐにいつも通りの笑顔を作ってみせた。
そして少しだけ寂しげな表情を見せたのだった。
キルサン「せっかくですが、ご遠慮いたします。僕に食事は不要ですから」
イリヤ「食事が不要? 料理人は食べさせるだけの存在で、何も食べてはいけないのか?」
キルサン「そういうことではございません。ただ、僕自身が特殊なのですよ」
イリヤ「……?」
首を傾げるイリヤへと、キルサンはスッと右手を差し出した。
まるで握手を求めているような動きだ。
キルサン「イリヤお嬢様は、まだ僕に触れたことがありませんでしたね……。どうぞ、少しだけでも触れてみてくださいませんか?」
イリヤ「…? まぁ、触れるくらい構わんが………ッ!!!??」
イリヤは、キルサンが差し出した右手に触れた。
しかし、触れたん瞬間にビクッと触れた手を勢いよく離した。
キルサンの右手は、まるで氷のように冷たかった。
イリヤ「……ビックリした…ッ」
キルサン「驚かせてしまい、申し訳ございません。僕には“体温”がないのです。この意味が分かりますか?」
薄々、感付いてはいた。
人とは思えない青白い肌もそうだが、何より強く印象に残ったのは来ている衣服。
中国人風の正装を身にまとい、額には御札まで貼っている。
こんな格好をしていてコスプレで済めばよかったが、体温も食事も必要としない体と明かされては、イリヤの知識にある“あの妖怪”が思い浮かんでしまう。
イリヤ「……お前…本物の“キョンシー”だったのか…ッ」
キルサン「本物、と言われると少し勝手が違うのですよ。自由に関節は動きますし、飛び跳ねて移動することもありませんからね。ですが、お嬢様の考察は間違いではありません」
キルサン「僕は、キョンシーなのでございます」
食べる必要はない。
何を食べても味が分からず、まるで砂や泥の塊を咀嚼しているような気がする。
眠る必要もない。
キョンシーになってから睡魔に襲われたことにないキルサンは、今まで一睡もしたことがなかった。
キルサン「そういうことですので、どうか僕に構わず食事を続けてください。食べてる内には食べておかなければ」
イリヤ「……あ、あぁ…」
皆のところに戻っていくイリヤ。
しかし、その前に一度だけ振り返ってキルサンに一言謝った。
イリヤ「……すまなかった…」
周りの人と同じことができない。
それがどれほど苦しいことか。
知らなかったとはいえ、それをイリヤは躊躇いなく聞き出してしまったのだ。
キルサン「お気になさらず。お優しいお嬢様……」
キルサンは桜吹雪を見上げる。
ワルワラと買い物に出かけた際も思い出したが、あの時もこんな景色だった。
キルサン(…本当に……、この光景だけは忘れられない…)
満開の桜が花びらを舞い散らせる中、キルサンたちが思い出していたのは“とある過去”の物語。
イリヤが踏み込んだキルサンの正体……、過去と正体が交差する物語を次回から書き綴ってみよう。
キルサン=シルノフの物語を。
【第06話につづく……】