モンスター・ロバーズ!
□第06話 眠れぬ不老の料理人
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新しいお屋敷の使用人として働き始めてから、三週間が経過した。
普通なら一週間かけて覚える仕事量だったが、キルサンは二日で完全に覚えてしまっていた。
早くても四日か五日はかけるものだが、今年で21歳になったばかりのキルサンの記憶力は伊達ではない。
キルサン(使用人といっても、やるべきことに変わりはない。一ヶ月限定の新しいご主人様のやお客様にお出しする料理の監督や調理、または他の使用人たちへのアドバイス。前と何も変わらない)
苦ではなかった。
場所が変わっただけで同じ内容の仕事ならば、キルサンはすぐに対応できる。
だが、楽しくはなかった。
キルサン(…………気にしちゃダメだ…、今に始まったことじゃない…)
刺激も何も感じない業務など慣れていた。
結局、キルサンは何がしたくて料理をやっているのか。
もしくは、したいことがないから料理をやっているのだろうか。
キルサン(…このメニューは……、今日は残業して、仕込みを終えてから帰った方が良さそうだな…)
ただ黙々と、キルサンは与えられた仕事を成し遂げていった。
料理に興味を示したキッカケなど忘れた。
自分の特技は料理であり、料理することは楽しかった。
だが、それも始めの頃だけ。
すぐにキルサンの腕が上達すると、周りの大人たちはキルサンの料理の腕を評価し、それを求めた。
それ自体は嬉しかったが、もう楽しいとは思っていなかった。
キルサン(どこかで道を間違えてたのかなぁ…。人生という名の道を…。料理するのは好きだけど、何となく、今は物足りないや……)
屋敷の厨房に一人だけ残り、明日の料理の仕込みを進めていく。
時刻は午前0時、外はすっかり闇の中。
屋敷の中は眠りに静まり返っており、キルサンの立てる物音だけが小さく聞こえていた。
そんな中、ふと異質な音が耳に届く。
キルサン「………ん…?」
何やら、深夜の屋敷内で不穏な空気が流れている。
物音を立てないように注意していた末に、思わず立ててしまった音というのは独特な雰囲気を思わせるのだ。
簡単に言えば、まるでコソコソと何かが動き回っているような物音が立て続けに聞こえてくるのだった。
キルサン(……? 厨房から、そう遠くない距離……。ご主人様は当然ながらお休みでしょうし、一体何が……?)
つまみ食いで厨房を訪れるような展開は期待できない。
たった三週間の付き合いだったが、ご主人様の性格を考えるとありえない行動だったからだ。
キルサン「…どなたかいらっしゃるのですか?」
とりあえず声をかけてみる。
返事はなかったが、動きはあった。
気配が、間違いなくまっすぐに厨房へと近付いてきている。
キルサン「…複数人? 厨房に何かごようで?」
キルサンが厨房の外へと顔を出した瞬間だった。
ガッ! と額に重苦しい衝撃が走る。
キルサンの頭に、大きな鉈が振り下ろされたことに気付いたのは数秒後のことだった。
キルサン「………ぇ…」
鉈の柄が眼前で固定されている。
刃が食い込んでいる額から血が流れ始め、キルサンの膝から力が抜けていく。
キルサン「…ぇ……? ぁ……ぁぁ…?」
そして、その鉈の柄の先……。
キルサンの正面に立っていた、真っ黒な姿をした男がキルサンを哀れむような目で見下ろしていた。
盗賊の男「兄ちゃん…、料理人か…? 運のねぇ奴だなぁ、おい……」
闇に溶け込むような姿をした盗賊の言葉が、キルサンの脳裏を駆け巡る。
全身の力が完全に抜け、屋敷の廊下に倒れ伏した時、やっとキルサンは理解した。
この屋敷は盗賊に襲撃された。
そして、キルサンは……。
キルサン(………あ、ぁ……。死ぬん、だ…な…………)
笑ってしまうほど簡単に、自分の明確な死を理解していた。
強引に鉈が抜き取られ、避けた頭蓋骨から血肉が流れる。
その後、使用人として三週間働いていた屋敷がどうなったのかは知る由もない。
何故ならキルサンは言うまでもなく、この日、この夜、この瞬間。
その命を落としてしまったのだから……。
【第07話につづく……】