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□025
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■025  練習試合(後)





練習試合当日。

私は桃井ちゃんと共に隣町の中学に向かっていた。

準備は整っていた。




「名前ちゃん完璧!どこからどう見ても男の子!美少年!超可愛い!」

「う、うん」

「もう名前ちゃんってば何でも似合うんだね!」




そう言いながら桃井ちゃんはぎゅっと私の腕に絡み付いてくる。

隣りを通り過ぎる男子生徒が羨ましそうに私を見てきた。

まるで付き合ってるカップルみたいで、何だか照れ臭い。




「も、桃井ちゃん、あの、朝からありがとう…」




そう、今朝は桃井ちゃんの家で男装の準備をしたのだ。

ウィッグやメイク全て桃井ちゃんがやってくれたのだが、思いの外それっぽく仕上がり桃井ちゃんは大興奮。

胸はタオルで補正したが、これだけで補正出来てしまう自分の胸の小ささに絶望していたりする。

昨日赤司くんが貸してくれたジャージを羽織るが…。




「……ぶかぶか」

「可愛いから大丈夫!」

「…」




そうこうしているうちに、集合場所の校門前が見えてきた。

すでに他の皆が集まっていて、黄瀬くんが私たちに気付いたのか、手を降っている。

その隣に赤司くんの姿を見つけ、思わず桃井ちゃんの背中に隠れてしまった。




「2人ともこっちっすよ〜!」

「おはよー!皆早いね〜!」

「早く名前さんの姿が見たくて」

「って、お前なんで隠れてんだ?」

「い、いや何となく…」

「あ?こっち来いよ」




そう言うと、青峰くんが私の腕を掴み、桃井ちゃんの後ろから無理矢理引っ張り出す。

どんな反応をするか少し緊張するが、4人とも私の姿を見てしばし無言。




「…あの、何か反応は?」

「ち、」

「ち?」




「名前っち、超可愛いっすよおおー!!」

「わっ…!」




黄瀬くんが勢いよく抱きついてくるが、何とか転びそうになるのを堪えた。

…力が強くて首が締まる。




「おい黄瀬!てめぇ何抱き付いてんだよ!」

「く、くるし、」

「名前っちすげぇ可愛いっすよ!似合ってるっす!」

「黄瀬くん邪魔です、僕も抱きつきたいです」

「ちょっと皆ずるいっ私もまだ抱きついてないのに!」

「男装しても名前っちは完璧っすね!」




しかし皆が押し合う中、赤司くんだけがそれを遠くから見ていた。

人差し指を顎に添えながらじーっと私を見て黙り込む。




「なに?」

「いや、少し気になることがある」




そう言うと、抱き付いていた黄瀬くんを押しのけると…、




「!?」




そっと、

胸を触ってきた。




「な、ななっ、」

「ああ、かろうじてあるのか」




そう言って女子の胸に触っておきながら、何食わぬ顔で手を離す。




「な、何やってんの!?さ、最っっ低ー!!」

「手を振り上げるな、危ないだろ」

「赤司っち女の子に何やってるんすか!?」

「なんか1人だけズルいですね」

「お前は便乗すんな!」

「いや、お前達も気になっていたんじゃないのか」




一同黙り込み、申し訳なさそうに私を見るが、その同情した目が一層腹立たしい。




「…べ、別に気になってないっすよ!名前っちはいつも通りっす」

「はい、すごくいつも通り...です」

「…まあ、ぶっちゃけ、着込めば隠れるレベルだよな」

「そこが可愛いんじゃない!」




「…あの、皆私に対して失礼過ぎない?」




涙出てきた。何で試合前からこんなに疲れてるんだろ。




「名前さん、一応今日は男子役なので口調も気をつけて下さいね」

「え?ああ、」




そっか。難しいな。

よし、少し練習してみよう。




「お前達!ボクの命令は絶対だぞ!逆らう奴は親でもぶっ殺す!」

「名前、俺を怒らせたいのか」




そのとき、桃井ちゃんが時計を確認して焦ったように言った。




「あ、そろそろ時間だから行かなきゃ!」

「そうですね、じゃ、名前さん頑張ってくださいね」

「試合楽しみっすね〜」




皆が荷物を持ち体育館に向かう。

そんな中、赤司くんがジャージの襟をぐいっと引っ張り私を呼び止めた。




「ど、どうしたの」

「一応忠告しておく、怪我はするな」




どうやらこれでも心配してくれているらしい。




「まあ、この程度の中学ならお前でも大丈夫だと思うが。俺たちがいるし」

「うん…そうだね!」




大丈夫!大丈夫!

私以外全員あの帝光中の一軍メンバーなんだよ!

一人ぐらい初心者がいたって全然平気!







とは言ったもののの、










ピーーー



「そこ!トラベリング!」





バスケの下手さは隠せなかった。

本日何回目かのトラベリングをしてしまい、ボールが相手側に移る。




「名前、動きすぎ」

「ご、ごごごめんなさいいい!」




完全に足引っ張ってるよおおお!

改めて思うけど、これ難しい!

いつもならこの時点で点差は開いているはずなのに、私のミスの繰り返しで相手側と互角の試合になっている。




「気にしないでいいっすよ!これから追い上げるんで!」

「う、うん!」




てゆーか、それよりも。




「あの、さっきから言いたかったんだけど!皆こっちにボール集めすぎ!特に黒子くん!」

「すみません、名前さんの戸惑った顔が面白くてつい…」

「あと青峰くんも何でシュート直前で突然ボール渡してくるの!」

「そりゃお前と俺がタッグ組んで点取に行く作戦だからだろ」

「初めて聞いたよそれ!」

「ちょっと!青峰っちと黒子っち!」




言い争いをしていると、飽きれた顔で黄瀬くんが走り寄ってくる。

仲裁してくれるのかと思ったら、またもや私に抱きついてきた。




「二人で名前っち取り合うのやめてくれないすか!名前っちは俺の近くにいればいいんすよ!」

「…黄瀬くん、離れよう。変に思われるよ」

「そうですよ、黄瀬くんは離れて下さい。僕が代わりに抱きついておいてあげます」

「…。」




うん、何だかあれだ。

相手と互角になっているのは、どうやら私のせいだけじゃないらしい。

この人達は完全に試合そっちのけで遊んでる。

相手側にもそれが伝わっているのか、いないのか。

試合が再開し、皆がそれぞれのポジションに戻る中、私をマークしている選手の一人が鋭く私を睨みつけて言ってきた。




「お前達やる気あるのか?」

「え?あ、ありますよっ」

「明らかに馬鹿にしてっだろ」

「い、いや違います!ぼ、ボクが初心者で足引っ張ってるだけです」

「…は?初心者?」




…あ。


そ、そういえば、公式試合も近いからできるだけ強い選手と戦いたいって何度も言われていた、ような…。




「え、えっとあの、」

「…」




それを聞いた彼は、無言になり、それ以上何も言ってこない。

これは完全にキレている。

正直私だって、こんな試合をされたらキレるしかない。


そんな中、青峰くんがまたしてもゴール直前で私にボールを投げてきた。

空気を読まない行動に呆れながらも、走ってそれを取りに行こうとしたら、






ぐいっと-----





足を引っ掛けられ、加えて背中も押され...。

突然のことで受け身も取れず、そのまま勢いよく転んでしまう。

しかも運が悪いことに、転んだ先にスコアボードが置いてあり、その角に頭が直撃。

そしてスコアボードと共に大きな音をたてて、床に倒れこんだ。




「っ〜〜!」




体育館がざわついた。
試合が止まる。

体を起こそうとしたが、頭を強く打ち付けたせいで、クラクラする。




「名前っち!」

「名前さんっ」




皆が急いで集まってくる。

何とか心配をかけまいと、立ち上がろうとするが、足をひねってしまったようで、痛くて上手く立ち上がれない。




「おい、大丈夫かよ!」

「う、うん。平気だよ…」




ちらりとさっきの男の子を見ると、まさかここまでになるとは思っていなかったようで戸惑いながらこちらを見ていた。

幸いにも彼の行為は誰にも見られていなかったようだ。

私も相手側への申し訳なさから、特に批判しようと思っていなかったのだが、赤司くんだけは別だった。




「お前…どういうつもりだ」



体育館がさらにざわつく。

あの赤司くんが、彼の胸ぐらを掴み上げていたのだ。




「あ、赤司くんっ」

「おい赤司!」

「ちょ、何やってんすか!?」

「うるさい。こいつが何をしたのか見ていなかったのか?」




…まずい。

このままじゃあの男の子が皆から非難される。

本当に責められなければならないのは、私なのに。

そ、それだけは駄目!




「…い、いったあああ!いたたたた!いたい!いたい!あ、赤司くん!あ、足がー!」




そう言って、大袈裟に叫びながら、足に身体をうずくめる。

それを聞いて驚いたのか、赤司くんは男の子から手を離すと急いで私のところに走り寄る。




「名前どうした?」

「あ、足ひねったみたいで、立ち上がれなくて!保健室まで肩貸してくれないかな!」

「…そうか」




そう言うと、ひょいと軽々と私を持ち上げた。
いわゆるお姫様だっこだった。

赤司くんは私が今男装中だということなど、1ミリも気にしていないらしい。

事情を知らない選手が呆然とこちらを見る。

近くに立っていた向こうのバスケ部のマネージャーが声をかけてきた。




「あ、あの、保健室の場所は…」

「ああ、さっき通ったから分かる。貸してもらうよ」




そのまま赤司くんは周りの状況も気にせずに体育館を後にした。

絶対に変な風に思われてる…。




「…あの、赤司くん、」

「なんだ」

「さっきの人、悪くないから。私のせいだし…」

「…名前は人が良すぎる」

「いや、もとはと言えば私が、」

「あともう二度と男装しなくていい。あいつらいつも以上にお前に触りすぎだ」

「は、はあ」

「あとさっきの舐め切った試合...来週は筋トレ3倍だな」

「うん、それは死ぬ…」




それはそうと…。




「あ、赤司くんって思っていたより大きいんだね」

「急に何だ」

「いや、軽々と私を持ち上げちゃったり、あと貸してくれたジャージがぶかぶかだったり…」

「当たり前だろ」

「ついこの間まで同じ目線だったのに」

「いつの話をしているんだ」

「なんか寂しいな、と」

「お前は少しは自覚を持て。あんな奴に突き飛ばされれば、怪我をするに決まっているだろ」

「は、はあ」

「もしものときは俺が助けてやる。だから無理はするな」

 


そう言った赤司くんを改めてじっと見る。腕の筋肉のつき方も肩幅も全部私とは違う。

皆といるときは小さく見えるが、やはりそれでも男の子なんだ。

男装するとか軽々しく了承したがやっぱり私とは違う。




その後、私を抜いた4人だけで練習試合を再開し、結果、ダブルスコアで圧勝したのだった。










fin…

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