君に送るは、エンゼル・ランプ

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「どうぞ。ミルクを多めにしておきましたが…大丈夫ですか?」

「はい。大丈夫ですわ。」

改めて彼女をじっと見つめる。
ふわふわとウェーブしているライトブラウンの髪。
服は黒ずくめだが、所々レースがついている。胸元の大きなふわりとしたリボンが特徴的だ。

常時口許には笑みをたたえていて、人懐こい印象を与える。
左耳にはパールのピアス、右耳にはブルーサファイアのピアスが光っていた。

「そんなに見つめないでくださるかしら?恥ずかしいわ。」

「え…?」

「視線を感じたから。」

慌てて謝ると彼女はくすくすと笑った。

「変わった女ですよね、目隠ししてるんだもの。」

「え、いえ…違いますよ。ただ可愛らしい女性だと思って…」

「ふふ。神父様ったら。」

彼女の笑顔はどこか引き込まれる。
ふわりと優しい雰囲気に包まれるのだ。
彼女が笑うととても居心地がよくなる。

「神父様。」

「…クオンと呼んでください。神父様ってのはどうも苦手で。」

神父様と呼ばれるのは、距離があって昔から好きになれない。
神父であろうと自分は一人の人間なのだから周りの人々と何ら変わらないと思っている。
それに様と呼ばれるほど自分は偉くない。

「では、クオンさん。教えてくださる?」

ふっと笑みを消し、女性が尋ねる。
どうぞ、と促し、入れてきたコーヒーを一口含む。

「…龍は人に翼をもがれた。もいだ翼を人は自らの背に縫い付けた。こうして人は悪魔となった…」

「カンガルシア書ですか?」

「悪魔は、元は人ということなのでしょうか?」

「諸説ありますが…自分は違うと思ってますよ。」

多くの神父が悪魔は元々人間だった、と理解しているカンガルシア書の一節。
龍とは神の象徴であり、その背に生える翼をもぐ行為は神に背く行為に他ならない。
だから、人間は堕落し、悪魔となった――というのが王道の解釈である。

しかしそんなことを神に愛され創造された人間が何故したのかは、聖書のどこにも書いてない。
だから、自分は人間が誰かにそそのかされてやったのではないか、という解釈をしている。
その誰かが悪魔であり、よって人間が背く前から悪魔がいたという結論になるわけだ。
これは、自分を指導してくれた恩師の考え方だ。


「そう。じゃあ悪魔は皆、悪?」

「…………あなたは一体何が聞きたい?」

彼女の質問の意図がわからない。
悪魔が悪か?と聞いてきた人は初めてだ。
悪ではない悪魔がいるというのか。

「……ふふ。クオンさん、雰囲気が怖いわ。怒らせちゃったかしら?」

「…すみません。自分は、悪魔を悪として祓ってるので…」


脳裏を掠めたのは、忌ま忌ましい記憶。
血だまり。
鼻をさつ生臭さ。
笑う悪魔。
何もできない自分――………


「…クオンさん?」

女性に名を呼ばれ、はっと我に返った。
沸き上がってきた憎悪をなんとか静めて、女性に向き合う。

「すみません。」

「いいえ、こちらこそごめんなさい。不躾な質問でした。」

「今夜は泊まっていかれますか?」

時計を見れば、午前3時を回っていた。
さすがにこんな時間に女性を一人外へ出すのは気が引ける。
教会には、宿泊できる場所も完備しているのでそこに泊まってもらうのが得策だろう。
完備、といっても教会と同じく古くボロボロなのだが。

「大丈夫、連れが来てくれるから。」

そう女性は微笑み、申し出をやんわりと断った。
女性がゆっくりと立ち上がると同時にふわふわと髪の毛が揺れる。

「では、私は帰ります。ごめんなさい。夜中にお邪魔して。」

「いえ、ここは町民の皆さんに24時間開放しているので謝る必要はないですよ。」

「ふふ。本当に篤実な方ね。素敵だわ。」

素敵だと言われて、胸が高鳴った。
今まで26年生きてきたが、女性に素敵だなどと言われたことは一度もなかった。
初めてのことでどう返していいのかわからないでいると、女性は器用に長椅子の間をすり抜けていた。
目が見えないのに、杖もなくスラスラと歩く彼女に正直驚く。
余程他の感覚が鋭敏なのだろうか。

「クオンさん。」

「はい、何でしょう?」

名を呼ばれ傍へいくと、ぐっと女性が顔を近づけてきた。
彼女の整った顔が近くなり、鼻と鼻がくっつきそうだ。
どきどきと早鐘を打つ心臓がうるさい。

「また、会いましょう。」

優しく囁かれた再会を望む言葉に、脳みそがとろけそうだ。
艶やかな彼女の声が、心地好く鼓膜を揺さぶる。

そして、彼女は短く優しいキスを頬にして、ドアから出ていった。
残された自分は、へなへなと情けなくその場に座り込みうずくまる。

教会一筋に生きてきた自分には、最後の彼女の行動はあまりにも刺激的だった。
女性と触れ合うなど何年ぶりか。
抱きしめたり、手を握ったりするのはもっぱらご婦人か子供たちだった。
だから、"女性"にキスされるなど許容範囲外だ。

疲れが吹っ飛び、眠気は過ぎ去っていた。


どうやら今夜は寝れなさそうだ。
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